大阪はいつも呆けている。ように見える。
こうやって一緒にいるときも、呆けている。と私は思う。
「神楽ちゃん、どーしたー? 」
大阪が笑う。まったく、ボケている。とぼけているのか?
「お、おおさかは」
私は口ごもる。それはそうだ。誰だって口ごもる。こんな状況では。そう私は思う。
「大阪は、ど
どうなんだよ――」
「どうって何がー? 」
私の小物入れがわりのナップサックは、足元でくたくたに潰れている。大阪のポシェットはちょこんと寄り添っている。とうの私は――。熊のようにうろうろしている。大阪は座っている。ベッドの端に。
「ここだよ! こんなところに来て平気なのかよ!? 」
「なんで? 」
呆けた顔から、ぽかんとした顔になって、大阪が問う。
「だってここに入りたいっていうたの、神楽ちゃんやないの」
うわああああああああああああ!
私は座り込む。頭を抱えて。顔が熱い。肩甲骨に力が入る。側に大阪が来て、ぽんぽんと肩を叩いた。二度叩いた。とてもとても優しかった。
す、と手が離れたときに、振り返って思い切り抱きしめた。きっと、他の人も、多分、そうする。
「だめよ神楽ちゃん」
大阪がやんわりとたしなめる。
「こういうところの絨毯ってやー。あんまりきれいやないよ? 」
押し倒された大阪の、ロングスカートの肩口がつるりとむけている。照明にじんわりと、肌が光っていた。
「ご休憩やないんやから。そんなにがっつかんの」
いたずらっぽい笑いに、私はごくりと唾を飲んで、身を起こす。大阪の肌のにおいが、す、と鼻に入ってくる。
「はああああああああああ」
今度は脱力する。きっとそうする。少なくとも、私はそうだった。
初めて、しかも女の子同士で、ラブホテルに入った夜には。
今日は大阪の家に泊まることになって、いた。
「おっきなテレビ、買うたん。初めては、神楽ちゃんにみせたる! 」
「家族用に? 」
「いいや! わたし専用の! 」
珍しく鼻息の荒い大阪である。長年のバイトで溜めてきた分と、お年玉の貯金で買ったのだそうだ。へえ、そいつは凄いな。凄いやろ?
だったら、何かDVDでも買っていこうか。
ついでに食事をしてからにしよか。
新宿まで足伸ばそう。
気がついたら、土曜日に新宿で大阪と待ち合わせていた。
DVDを選んだ。
紀伊国屋で参考書をついでに買った。
焼き肉を食べた。
そしたら、なんだか帰りたくなくなった。
「なんか、このまま、帰りたくないなー」
大阪が呆けた声で言った。だから。
「泊まってこうか」
と言ってみた。
そんだけの話である。そんだけの。
とんとん拍子に話しが進んだ。親へのアリバイもばっちりだし。お金も半分ずつ出した。
ラブホが宿泊の時間になるまで、何件か店をはしごした。
「ねえ」
「ん? 」
「入ったことある? 」
「どこに? 」
「…テル」
「ないよ? 」
「ほんとに? 」
「ほんまや。好きな人は、神楽ちゃんとだけ」
「ば、ばか! 大きな声出すなよ!! 」
「平気よ。誰も聞いてへんて」
ところが、その想像のパターンから、これはずれている。
そもそも女の子と二人で来る、という時点で、おおいにずれている。
エレベーターで、大阪が胸をつついてきた。私もつつきかえした。ちょっとした戯れ。普通なら、そうされたら胸元をかばう。
なのに大阪は、無抵抗だった。
部屋に入っても、きっと無抵抗なのだろう。
思わず服の上から、荒々しく乳首の辺りを摘み上げる。
「――くぅ」
大阪が、目を閉じてうめいた。頬が赤くなったように、見える。
自分の首元がじっとり湿るのがわかる。口付けようとしたらドアが開いたので、私の手は自然に大阪の手にのびて、まるで清らかな小学生のような無邪気さを装ってみる。
きっと、誰でもそうする。いや、これはどうかな?
大阪の手が、珍しく火照っている。
そうしてさっきの事態である。
私は今、その打開策を見つけた。
シャワー! シャワー浴びよう!!
私はそういって、いそいそと服を脱ぐ。
「――見るなよ」
「なんでー? 」
「見られたら恥ずかしいだろ!? 」
「これからもっと恥ずかしいことするのに? 」
「うるさい! それとこれとは話が別だ!! 」
もう十二月なので、着ているものが多い。一枚ずつ脱ぐ。やっぱり下着がかなり湿っていて、恥ずかしくなる。さりげなく脱ぎ捨てたジーンズの陰にすべりこませる。
素っ裸になって、シャワーを浴びる。ようやく一息ついた。
足元を湯が流れていく。顔をぬぐって、それから、股のあたりに入念に湯をかけ、指でこする。
「ふ――」
ぬるぬるしたものが、湯に溶けて流れていく。親指に、毛のざらざらした感覚がある。大阪も生えてる。きっと、こんな感触がする。
はっとして、壁に目をやる。
壁が透けて、大阪が目の前に座っているところが見える。全裸で。
うかつだった。
部屋からでも浴室が見えるようになっていたのだ。ガラス張りの世界。
「見てへんよー」
呆けた声が聞こえる。
「今から、一緒にシャワー浴びようかな、思ただけ」
な、な、な、な。
私は硬直している。シャワーを浴びている姿の、一部始終を見られていた。
浴室に入ってきた大阪は、満面の笑みを浮かべていた。というより、にやにやしていた。
「来てしまいました」
彼女の肉は、骨にすっきりとついている。乳房は目立たない。アバラが浮いている。腰骨がうっすらみえている。
乳首が、勃っている。
「お背中ながしましょーか? 」
彼女にシャワーを向ける。細かいお湯の線が、幾つも幾つも大阪の身体にかかる。キラキラ光る。大阪の肌。
「あぶあぶあぶぶううぶ! やべやべてかぐだちゃん!! 」
きゃあきゃあ笑いながら、大阪が近づいてくる。少し体勢が崩れそうにみえたので、あわてて手を伸ばす。大阪の身体が、しゅるん、と腕の中にくる。鎖骨に、大阪の頭の重さを感じる。
小さな舌が、ちろちろと動く感触も。
「あう」
思わず声、もれちゃった。
大阪の肌を感じる。
私に吸いついてくる。
シャワーの音がする。
キスの音に混じって。
思わずのけぞった。
足が突っ張った。
大阪の中を弄っていた、私の指が止まる。親指に、ちりちりとした毛を感じる。お、お、お、声がもれる。わたし。
おっぱいが、もまれてる。首筋には舌がちろちろしてる。たまに軽くキス。そして強くキス。
獣みたいな息遣いの私。
はあはあ、じゃなくて、は――あ、は――あって。
水の底に沈んでいくみたいな、窒息感。
「お、お、さか」
「それはあかん」
「え? 」
「……名前で呼んで、神楽」
耳元で囁かれる。びくん、てする。氷を首筋に当てられたみたいに。
「ほら、神楽」
誰か別の人の呼びかけみたいに聞こえる、大阪のしゃべりかた。
「だって、もっとしてって、いいたいだけ……」
「そうだったら、なおさら。ねえ。名前で呼んで? 」
今までもそうしてことがある。けれど、今の大阪は、怖いくらいいつもと違うみたい。ねえ、神楽、名前、呼んで?
「あ、ゆむ」
「――聞こえないよ? 」
「あゆむ、あゆむ、あゆむ! ぅ! うう! っあ!! 」
名前を呼んだだけで、かすがあゆむのなまえをよんだだけで、私は真っ白になってしまう。たぷたぷして、大きいな、そんなふうに言われた乳房をなぜられながら。ちくびをなめられながら。
何か悔しい。
だから。
「はじめてじゃ、ないだろ? 」といった。余裕もなく、いやみでもない。
ただ、きっと必死だった。
声がひきつっていた。
こんなところにきても落ち着いてるし。シャワーをガラスのむこうからのぞくし。いきなり声のちょうしとか変わるし。
「わたし、こんな、きもちよくなっちゃうし」
言うたびに、涙がぽろぽろ出てくる。さっきまでの快楽の余韻で、腰が、ひくんひくんって、動く。ちょっとバカみたいだなって、関係ないことを脳の片隅で思う。胸がじんじんする。おっぱい触って、ほしい。でも涙が出る。辛い。
バカだ。私は――。
「ねえ、嘘つかないで、言って? お、おおさ、あゆ、むは、はじめてじゃない、よね? 」
こういうことするの。
「――こういうことするのは、初めてやない。けど、好きな人としたのは、初めて」
あっさりといってのける彼女の目。
とても疲れたみたいに見える目。
泣きそうにみえたけど、なかなかった。
「だって、手に入るなんて、思わなかったんやもん。それに――」
わたしはこうきしんがおーせーすぎるから。
さっきまで私をいじっていた手が、ぴたりと止まる。あたたかい。いつ電気を消したんだろう? 目に見えない光は、ずっと感じ続けてた彼女の体温。
「私、神楽ちゃん、好きよ」
当たり前みたいに。ああ、そうだ。いつも彼女は、さりげなくて。なんでも当たり前みたいで。
「でも神楽ちゃん、いやだったら、止めとこか」
「ばか」
「――何よ、バカって? 」
「ば、か」
「でも、神楽ちゃんが嫌て……」
「いやなんて、いってねえだろ」
「え? 」
私はぐっと彼女を引き寄せる。一度目は、軽い抵抗があって、二度目は軽々と抱き寄せられる。
「ああああ」
長いキスの後で、彼女が息をつく。太い声の音が出る。
「やら、くすぐたいて、ほん、ま」
くすくす、笑い声。その両脇に私の手があるから。そこを私の舌が舐めているから。さりさりとしている。手入れしている感触のある、彼女のわきの下。
「かぐら、どうしたい? どうしたいの? かぐら、ちゃん――」
「めちゃくちゃに、されたい――」
その薄い耳元でささやくと、華奢な身体がぶるるっと震えた。足がかくかくしている。私のも、彼女のも。
「そんで――
その――
めちゃめちゃにしたい」
「誰を――? 」
すごいエッチな声で、尋ねられて、今度は私がぶるるって震えた。
もちろん、彼女の名前を呼ぶ。
誰だってそうする。
私だってそうした。
私の指が二本、彼女の柔らかい部分にくわえ込まれている。手の甲がつりそうになるくらい、激しく動かす人差し指と中指。
普通ならこんなにしたら中が痛くなってしまうだろうに。でも一杯濡れているから大丈夫だ。くちゅくちゅくちゅくちゅ。
あゆむ。
あゆむ。
あゆむ。
「ああああ、あああ」
優しい指が、私の髪をすく。ときおりぎゅっと髪を掴まれる。
緊張。
硬直。
痙攣。
弛緩。
私の胸が熱くなる。乳首が強張る。クリトリスが固い。おしりの奥がじんじんする。
細い指が、かすかにかすかに震えている。私の入り口で。舌も震えている。その少し上で。う、う、う、と声がもれちゃう。私の芯の部分の皮が、舌で剥かれて剥き出しになってて。
ひだのぶぶんと、クリトリスと、いりぐちのところと。ふとももがぶるぶる震える。じらすようにゆっくり動く舌。恥毛の上から、かぷ、と噛み付かれて、私。
「ひいっ! 」
「きもちええの――? 」
「う、あ、あゆむ、あゆ、む、あゆむの――た、した。ああ、いい。イ! ううう」
あゆむ。
あゆむ。
ことばにするだけでかんじてしまう。
「中、いれてほしい――」
「ん? 」
「中に、いれてほしい。あゆむの、ゆび」
「だいじょうぶよ、神楽ちゃん」
私のしこりきった乳首を優しくほぐしながら、歩は言う。
「いきなりは、入らへんから。ゆっくり、ゆっくりしていこな? 」
何べんも何べんもキスして。
何べんも何べんもエッチして。
そんで。
あゆむの白くて細い指が、私のあそこにぴったりとおさまるようになるまで。
「……った! 」
「そろそろ痛い? 」
「ん、ちょっと、そこ、痛くなってきた」
じゃあちょっと休憩しよか? そう言って歩は私の隣にぴったり寄り添う。柔らかくなった肌の感触がする。たっぷり汗をかいている。シャワー浴びようか? うん。このままだと風邪ひいちゃうよ。うん。あゆむ、好き。うん。
「私も神楽ちゃん、大好き」
少しの間、濃厚なキスをした。
またうめき声が出た。
*
身体がからっぽになるくらい、エッチして、今一緒にマグネに入っている。目やにが一杯出てた。親指でこするとぽろぽろとれるくらい。おしりが軽い、なんか。
「嬉しそうだな……なんか」
「そらあもう」
ハッシュドポテトをつまみながら、大阪が答える。にっこり笑う。
「神楽ちゃんの初めての人は、私」
「ば! ばか!! 」
「誰も聞いてへんよ」
は、はずかしいこと、いうなよ……。消え入りそうな声で、私。ふふんと鼻で笑う大阪。
「神楽ちゃんはほんまに心配性やなあ」
「だって、はずかしいこと、いうからあ」
「そないな声のほうが、よっぽど恥ずかしいわ」
ぐ、と言葉に詰まる。顔が熱くなる。身体の奥がほてってくる。もう! あれだけしたってのに……。
悔しいから、コーラを飲んだ。身体が冷える。息をつく。
「この後DVDみるやんかー? 」
「う、うん」
「一緒に、二人で」
「うん? 」
「DVDどころやないかもしれへんな! このままやと! 」
「だーっから、恥ずかしいだろ! ヤメロヨッ!! 」
「公開言葉攻めー」
「しなくていい! 」
「どーしてー? 」
「いいから! 」
「へー? 」
マグネトロンバーガーの店内には、数名の客がそれぞれ陣取っている。線を基調とした、シャープな店内。単純な色で構築された空間。簡素ないすとテーブル。
「神楽ちゃんさあ? 」
「なに? 」
「私、できるだけながいこと、神楽ちゃんといたいわ」
「え? 」
「ずーっと、二人目が来ないとええのになー」
「大阪にとって、私は二人目じゃないか」
ちょっとブスくれていうと、ほー、と彼女が呆けた。
「おい! おまえまさか、一人じゃないんじゃ!! 」
「ちゃうねん」
どうしていつも背広の男の人が、どっかに座ってるんだろう。今日は日曜日なのに。誰かの携帯電話がぶるぶる動いている。また階段を誰かが上ってくる。世界最大のファーストフード、マグネトロンバーガーの朝。
「こうやって、一緒にいるだけで、幸せなエッチしたのは始めて」
「え? 」
「やっぱり、好きな人といると違うなー、思て。こうしとるだけでもいい」
「詭弁だよ、そんなの。そんなのずるい」
「ずるくないし、覚悟決めとる」
あんまり余裕たっぷりだから、私。
「私は嫌だ」
「え? 」
驚いた顔して、大阪。ざまあみろ。一本取った気分。へへん。
「……これだけじゃ、嫌だ」
「え? 」
首を傾げる彼女。当惑したような、悲しそうな。な、なんだよ! 気づけよ! この鈍感!!
――だから。
「いっぱいきもちよくしてくれないと、いやだ」
歩が目を閉じた。私も閉じる。
そして数秒。
濡れた音がしたので、あわててキスを止める。かわりに。
「あゆむ」
「ん? 」
「あ、あのさ」
「ん? 」
「あ、あゆむのこと、あ、あい、あいあい……」
「お猿さん? 」
「ち違う」
二人きりの世界になると、周りが見えなくなる。
世界が狭まる。
どこかで「お持ち帰りですか? 」と声が聞こえる。携帯電話がまた着メロを鳴らす。階段を下りる音がする。そして。
「あゆむ愛してる」
「私も神楽ちゃん大好きよ」
かたかたとかすかに震えながら告白した私に、にっこり笑って歩。
ぐっと身体を近づけて、私の耳元に。噛み付くみたいに。
「あいしてるよ。かぐら」