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「「かんぱ〜い!」」
俺と歩は声を重ね、杯を交わした。
今夜は、二人とも教員として採用された事を祝う、二人きりの夕食会。
食卓の上には一緒に作った料理が並んでいる。
メインディッシュはカレイのソテー。副菜はトマトとレタスと海藻のサラダ。
そして鶏ガラのスープ。ご飯が皿ではなくて碗に盛ってあるのはご愛嬌。
俺の杯にはシュヴァルツカッツェが、彼女の杯には出身地の地酒が、注がれている。
……彼女が日本酒党と知った時には驚いたものだ。
俺達は夕食を食べながら、話を弾ませる。
例えば、採用までの苦労を振り返る話。
彼女は教育学部で小学校教員養成過程を履修していたので、
卒業と同時に小学校教諭1種の免許状を取得できた。
しかし小学校教員採用試験では、実技試験を通過するのにだいぶ苦労した。
俺と、彼女の高校時代からの親友達が、躍起になって彼女に特訓を施した甲斐有って、
どうにか通ったが。
俺はと言えば、教員採用試験の方ではあまり苦労しなかったものの、それ以前の段階で苦労した。
俺は某大学文学部の思想文化学科・哲学コースを順調に進んだものの、
哲学でメシの食える職場は限られていたため方針転換せざるを得なかった。
そこで、親を拝み倒して、卒業後、別大学の大学院教育学研究科に入ったのである。
モラトリアムの後ろめたさを抱えつつ勉強していた俺の、心の支えとなったのが――
大学院入学後しばらくして出会った、当時学部3年生の彼女、春日 歩だった。
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夕食の席での話題は、出会ってから今までの回想に及んだ。
彼女の専攻が数学だと知った時は、彼女が日本酒党だと知った時以上に驚いたものだ。
彼女に教育学部数学科を勧めた進路指導の教師も、まさか受かるとは思っていなかったらしい。
高校時代の数学の成績はあまり良くなかったからだ。
――とは言え、よくよく話を聞いてみると、定期試験では、手を付けた問題に限っては確実に点を取っていたらしい。
いわゆる「時間配分が上手くいかなくて残りの問題に手を付けられなかった」ゆえの、普段の低成績だったようだ。
そんな彼女が、卒論では連続体仮説に関する興味深い糸口を見出したのだから、ほんと、外見からは想像がつかない。
担当教授からは数学系の大学院進学を勧められたらしいが、結局彼女は教職を選んだ。
子どもの相手をしているのが性に合ってるから、との事。
また、彼女曰く、
「空き時間が有ればいつでも、数学できるやん」
この言葉はずっと以前に互いの進路について話し合った時に聞いたのだが、
この言葉が、俺の中から教職の道を歩む事に対する迷いを拭い去った。
――哲学だって、空き時間さえ有ればいつでもできる。
現実に向き合いながらの哲学こそ、価値がある。そう思ったのだ。
それからも、俺達は互いに励ましあってきた。その結果、
今こうして喜びの中で夕食を共にしている。
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やがて夕食の時間は終わった。俺は歩を居間に待たせ、後片付けをする。
後片付けが終わって居間に戻ると、彼女は杯を片手に、
酒を少しずつ嘗めながら、俺を待っていた。
ほろ酔いでほんのり桜色に染まった頬に、俺はどきりとさせられた。
なんと言って声をかけようか迷いながら、俺は彼女のすぐ側に座った。
そのとたん、彼女は俺の方を見て口を開いた。
「なあ……」
彼女はそうつぶやき、俺の名を呼び、そして言葉を続けた。
「私の事、どう思うてるのん……?」
「……え?」
つぶらな瞳が答えを切に求める。俺はとっさに答えた。
「妹みたいに……大事に思ってる」
その答えに、彼女は少しだけ失望の色を浮かべた。
「妹以上には……なれへんの?」
俺は慌てて応えた。
「なれないなんて事、無い」
にわかに浮かんだ失望の色が消える。
「それなら……」
彼女は黙り込み、目を閉じ、顔をやや上に向けた。
こんな時、俺のしてやれる事は一つ。
俺は彼女をそっと抱きしめ、彼女のおとがいに手を添え、唇を重ねた。
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俺は、彼女の首筋に口付けしながら、震える手で彼女の上着のボタンをはずし始めた。
そんな俺の手を、彼女の手は初めてにしては滑らかに導く。
――彼女が高校2年の夏に受けた「特別授業」の話は、俺も彼女から聞かされていたが、
その成果だろうか。あるいは単に、物怖じしない彼女の性格ゆえか。
俺は唇での愛撫を続けながら、彼女のスカートも脱がせていく。
彼女の体は、頬と同じ様に、ほんのり桜色に染まっていた。
胸のサイズはやや小さめだが、形は良い。
お腹はモデルみたいに引き締まっているわけではないが、贅肉がつきすぎているわけでもない。
良い意味で「日本人体形」と言ったところか。
俺はまだ彼女の和服姿を見た事がないが、似合いそうな気がする。
腰幅は、思ったよりゆったりしていた。腰からお尻にかけての曲線を見ていると、なんだか安らぎを感じる。
ブラジャーに手を掛けると、彼女の両手が俺の手を優しくつかんだ。
「やっぱり明るいと恥ずかしい……明かり、消してや」
その言葉に俺はこう応えた。
「じゃあ、寝室に行こう」
俺は彼女を抱え上げ、寝室に向かった。
寝室に向かった事には理由がある。コンドームは枕元の小物入れにしか置いてなかったからだ。
――着任早々「産休」というのもまずかろう。
今日は安全日のはずだが、俺は念を押す事にした。
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俺はベッドの上に歩を寝かせると、カーテンを開け、月明かりを取り込んだ。
この部屋は、ヘリコプターにでも乗ってない限り、外から覗き見る事はできない。
次いで俺は、天井の明かりをグロースイッチのランプだけにした。
外は満月だから、これでも支障は無い。
俺は彼女に寄り添い、行為を再開した。ブラジャーを外すと、彼女の乳首が露わになる。
薄暗い中でも、その可愛らしい乳首がツン、と勃っているのが分かる。俺は彼女の乳首を口に含んだ。
「あ……ん」
彼女の唇から微かな声が漏れる。
乳首への口付けを続けつつ、俺はパンティーを脱がせていった。――既にほのかに湿っている。
茂みはやや濃ゆかったが、気になるほどの事でもない。俺は片手で彼女の陰裂を探った。
「ひゃぁうっ!」
俺にはその声が、しゃくりあげているかのように聞こえた。指の力加減が適切でなかったのだろうか。
俺は、彼女のカタチを確かめるかのように、より慎重に指を動かした。
そして、口を彼女の胸や首筋、脇腹に這わせつつ、もう片方の手でコンドームを探り当てた。
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寝室に入ってから5分も経ってないが、彼女は充分に濡れてきた。
俺の腕を握り締める手も、しっとりと汗ばんでいる。
彼女は「濡れやすい」体質なのだろう。
――情の深い女は濡れやすい――
いつだったかそんな話を耳にした事があったが、
彼女の心のあったかさを知っている俺は、その話を真実だと思った。
何にせよ、充分濡れているのならこれ以上焦らす必要はないだろう。
俺は、もう片方の手でコンドーム(勿論、片手で着けられるやつだ)を
着け終わると、即座に分身を彼女の中へと入り込ませた。
「あ痛っ……」
さすがに初めてだけに痛みを訴えはしたが、それほど大きい苦鳴でもなかった。
充分濡れていたせいだろう。
根元まで入った後しばらく、俺達は、そのままじっと抱き合っていた。
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俺は体を大きく動かすような事をしなかった。――いや、できなかったというべきか。
歩がしっかりと俺にしがみついていたからだ。
「ああ……心臓の音……体全体で感じる……」
その言葉通り、俺と歩は互いの命の脈動を全身で感じていた。それだけではない。
互いの息づかい、汗の匂い、そしてお互いのカタチ。
それらに全神経を集中するだけでも、俺の興奮は高まってきた。
そして、俺の分身は彼女の体内のうねりが強まっていく感触を、俺に伝えていた。
何十分、じっと抱き合っていたろうか。不意に、歩は俺に、より一層強くしがみついてきた。
「あ……あっ、私をしっかり捕まえてや! 私、どっかに飛んでってまうっ!!」
その声に応え、俺は彼女をぎゅっと抱きしめた。
その途端、彼女の体内のうねりが最高潮に達したかと思うと、
俺の根元もぎゅっと締め付けられた。
その感触に耐え切れず、俺は思いっきり射精していた。
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絶頂の後、歩は気を失った。全身の力も抜け、すーすーと寝息を立てている。
俺は彼女を起こさないように気をつけながら体を離し、
コンドームの後始末を始めた。
――本当はそのまま抱き合っていたかったが、
陰茎が萎えたせいでコンドームが脱落して膣内に残り、避妊失敗、
などという良く聞く事例に陥るのは避けたかったので、我慢した。
予期せぬ妊娠を恐れずにセックスできるようになるためには、
やはり経済的に安定しなければならない。
新しい年度から始まる俺と歩の生活、しっかり守っていかないとな。
満月に照らされた彼女の裸身を眺めながら、俺は決意を新たにした。
[完]