にゃも×ちよ 「ちよちゃん結婚して」
「ちよちゃん結婚して」
にゃも先生のいきなりの発言に、ちよちゃんはペンギンの首をかしげました。
「? 黒沢先生、それはどういう意味ですか」
「え、いや、その…」
にゃも先生は、勢いで言ってしまった自分の言葉に、自分で戸惑ってしまいました。
(あ、あれ、ああ、そうだ、あんまり可愛いものだから、つい…)
にゃも先生は我に返ると、ごまかすようにペンギンちよちゃんの頭を撫でまわすのでした。
「それくらい、かわいいってことよ」
「えへっ、ありがとうございます。では、またご注文があったらおよび下さい。黒沢せんせ」
「は、はい〜」
ぺこっとおじぎすると、ペンギンちよちゃんはペタペタと歩いていきました。
と、そこにゆかり先生がいじわるそうな表情をして、いじわるをしにきました。じつにいじわるです。
「おやおやー、にゃもったら、またちよちゃんにお熱をあげちゃって」
「そ、そんなんじゃないわよ! 」
「言っとくけどね、ちよちゃんに手を出すような真似はやめときなさいよ」
「す、するわけないじゃない! そんなこと! 」
「はっ! どーだかねぇ。まあ、大阪とか神楽とかは好きにしていいから、んじゃ」
それだけ言い残すと、ゆかり先生はどっかに行ってしまいました。
にゃも先生は一人、マグカップを片手にハァ…と切なげなため息をつきました。まるで恋わずらいのように。
数ヶ月前のこと。
最近はちょっとコーヒーに凝っている、そんなにゃも先生。
(こういうのは雰囲気が大事よね)
「はー、今日もいい天気ね」
外の風景を眺めつつコーヒーを飲む、至福のときです。
「まぶし〜〜、カーテンしめれー」
「あ――もう!!」
今日も今日とて、ゆかり先生はあるがまま。にゃも先生の家で勝手気ままにくつろいでいます。
そんなこんなでいつもの一日を過ごしていると、ふとゆかり先生は情報誌を手にひらめくのでした。
「あ! 今晩は呑みに行こうぜー」
「ごめん、今日はパス、給料日前できついのよ。だから今日は帰って自炊にするわ」 (かなり…)
「じゃ私もそれ」
「え!? 食べに来るの!? 」
かくて、にゃも先生はにゃもごはんを作るために夕飯の買出しに行くことになりました。
「今日はカレーにしようー」
スーパーで食材を見定めているにゃも先生。と、そこにちよちゃんがやってきました。
「あ、黒沢先生、こんばんは」
「あらちよちゃん、おつかい? 」
「今日は私が家の給食当番なんです」
にぱっと天真爛漫な笑みを浮かべるちよちゃん。なんて理想のお嫁さんだろう。思わず、にゃも先生はこう言いました。
「ちよちゃん結婚して」
「へ? 」
不思議がるちよちゃん。思えば、この時にちょっとだけ意識し始めていたのかな、とにゃも先生は振り返りました。
4時間目は体育。
にゃも先生と生徒たちは、夏の青空の下で水泳の授業をやっています。
プールサイドに立つちよちゃん。小さくて、ぺったんこで、なんだか危なげなんだけど、はればれとした表情で楽しそうです。
そんなちよちゃんの姿に、ちょっとだけにゃも先生は見惚れました。
(ああ、ほんとかわいいなぁ、ちよちゃん…)
ずあー!
プールに飛び込んだちよちゃんは、クロール泳ぎのつもりでぺったんぺったん水面を叩きます。
(かわいいなぁ、ちよちゃん)
ぷはっ! 10mくらい進んだところで、息継ぎのできないちよちゃんは顔を上げ――。
ドゲ! ともちゃんのビート板がちよちゃんを撃沈させるのでした。
「お!? なんかぶつかったぞ!?」
! ハッしたにゃも先生は、すぐさまプールに飛び込みました。
(ちよちゃん! )
高校の深いプールのなかでは、小さなちよちゃんではひとたまりもありません。死と隣り合わせです。
水中でパニックに陥っているちよちゃんを、にゃも先生は急いで抱きかかえ、プールサイドに押し上げました。
――本当だったら、自分が先生として注意を払い、智のことに気づくべきだった。
けほ、けほと咳き込むものの元気そうなちよちゃんの隣で、にゃも先生は落ち込んでいました。
夏休み、二回目の別荘。
なぜかいつもいっしょに別荘で遊ぶ、にゃも先生とゆかり先生。今年は縁日に行く話しになっているのですが――。
「じゃあみんな浴衣に着替えましょう」
もってきたー? きたー! みんなワクワク気分です。
「黒沢先生ー、これどないして着るのん? 」
「えーと…」
大阪さんに言われて初めて、にゃも先生は着付けのできない自分に気づきました。なんだか恥ずかしい。
助けを求めようとしても、ゆかり先生は知らんぷり。――どうしましょう。
――。
「背縫いを中心にするんです。友襟を合わせてくださいねー」
「こう? 」
着つけができるのは榊さん、ちよちゃんだけ。ちっちゃな女の子にこんなことを教わって、にゃも先生は恥ずかしくてたまりません。
けれど、それ以上に、なんだか照れくさいというか、嬉しいというか、ドキドキするというか――。
「はい、これでできあがりです」
にぱっと笑い、浴衣姿の自分のことを見上げるちよちゃんに、にゃも先生はドキッとしました。
「だめだなぁ」
横槍を刺すように、いじわるなゆかり先生はにゃも先生をからかいます。
「大人が子供に着つけ教えてもらっちゃあ」
「あんたもできないじゃない」
と、ともちゃん。
「そうだなー。ゆかりちゃんはともかくにゃもちゃんは出来そーなのに」(にゃもちゃん…)
「ま、確かに、人のネクタイを結んであげられる黒沢先生らしくありませんな」
「え――っ!? なんでできるのー!? 」
いつも悪乗りする二人組みは、どんどんとにゃも先生の弱いところをつっこんでいきます。
「昔にゃもがラブラブだった頃、この女、私を実験台にネクタイの練習したですよ! 」
おーっ! という驚きの声。あまりの気恥ずかしさに赤面しつつ「い いいでしょ!!」とにゃも先生は声を荒げるのでした。
そのオーディエンスの中には、当然ちよちゃんも。ネクタイ云々のことはよく分かってないみたいですが――。
「まぁ、その練習の成果は発揮する事なく終わったわけだが。彼女には次なる野望が――」
追い討ちを掛けるゆかり先生に、にゃも先生は奇声をあげて対抗します。
おお!! けんかだ!! けんかだ!! はやし立てる声の中、にゃも先生はずっと顔を赤くしていました。
「なんだよー男がよぉ!! 一人でもいいだろー!! 」
にゃも、すっかりできあがる。ゆかり先生の酒乱を阻止するために飲んだ酒に溺れて、にゃも先生は酔っ払っていました。
「こちとらもう大人だぞー! 」
「はい先生!! 大人のつきあいってゆーとやっぱしエロエロっすか!? 」
我を忘れたにゃも先生は、周囲にまで気がまわりません。心配そうにしているちよちゃんのことなど知らず、大声で叫んでしまいます。
『えろえろよー!! 』
そして大人の世界について語り出す――。
――まさしく「えろえろ」な内容に、普段は恥ずかしがったりしないともちゃんや大阪さんまで顔を赤らめてしまうのでした。
そんな中で、ちよちゃん一人は置いてきぼりでした。
「しっ! 黙って聞いとき!! 」
「大人になれば分かる! 」という大阪さんの言葉に、ちよちゃんは呆然とします。ちょっと飲みすぎなにゃも先生が心配になってきました。
―――――
「あれ…? なんで…」(頭イタイ…?)
二日酔いの感覚、おぼろげな昨日の記憶に、にゃも先生はまだうまく働かない頭を抱えます。
と、はみがきセットを両手に持ったちよちゃんがやってきます。
「おはようございますー、大丈夫ですか? 」
「おはよう…大丈夫って? 」
いまいち状況の飲み込めないにゃも先生、と、これまた不思議そうな表情をしているちよちゃん。
「……。先生ー」
――――
「――って、どういう事ですか? 」
「は!? 」
ちよちゃんの口から飛び出した、信じられない言葉ににゃも先生は目を白黒させました。
「ちよちゃん! どこでそんなの覚えたの!? 」
冷や汗を流すにゃも先生と、やはりよく分かってないちよちゃん。
「あんただ、あんた」
「あ、黒沢先生、おはようございます」
昨日のことを物語る証言に、にゃも先生は、それはそれは一言で表せない気持ちになりました。
酒乱や暴露もさることながら、ちよちゃんに「えろえろ」な話しを聞かせるなんて。
後の祭り、後悔先に立たず。
「ちよちゃん結婚して」
にゃも先生、三度目のプロポーズは三年目の夏休み、別荘でのことでした。
ゆかり先生に勉強のことでボッコボコにされてしまったにゃも先生は、部屋の片隅でしょんぼりしてました。
「ちゃうねん」「全然わかんにゃい」「ほ、ほーら、リフティングだよー」
ことごとく株価を下げたにゃも先生は、ちよちゃんになぐさめられまして。
そんなとき、ほろりと「ちよちゃん結婚して」と、思わず言ってしまったのです。
「? 黒沢先生、またそれですか? 」
当惑するちよちゃん本人をよそに、にゃも先生はふと思いました。
――いつか、本当にプロポーズしてみるのも悪くないかな、と。
翌朝。
ラジオ体操をするちよちゃんを眺める、にゃも先生。
ラフ過ぎる、脇や胸元のみえるシャツの着て体操をするちよちゃんを、にゃも先生はじっとお熱をあげて眺めています。
(ちよちゃん、いいなぁ)
にゃも先生の結婚は、まだまだまだまだ先のことになりそうです。