848 名前:君がいること :2005/07/23(土) 00:35:09 ID:qXt44+V7
「ん…あぁ……」
カーテンの合間から僅かに月明かりが差し込む薄暗い部屋で、抑えきれずに漏れた
私の声のみが静寂の中に響き渡る。
冷房がきいて涼しいはずなのに私の全身はうっすらと汗で滲んでいた。
この時間の中で常に私の心にあの人の姿がある。それは…。
高校に入ってから二年目、私に生まれて初めて好きな人ができた。
それは異性ではなく自分と同性の女性であり、しかも、私の親友と呼べるとても
身近な存在であった。
彼女は私とは対照的な性格だ。快活でおしゃべりで、気が強いところもあるけれど
誰よりも優しい人だと思う。無口で感情表現が下手な私にぐんぐん近づいてきて、
それでいて一緒にいるときは常に私を気遣ってくれていた。
…そんな彼女に惹かれていくのに時間はそうかからなかった。
「…はぁっ、く…」
空想の中で彼女に犯される。今自分を深く貫いている指を彼女のそれに意識する。
それだけで眩暈を感じるような痺れが全身を駆け巡る。
なのに、心の奥はどこか冷めていた。ひどく空しかった。
本当は本物の彼女が欲しかった。
彼女にこんな私の全てを受け止めて欲しかった。
だけど、それは許されることではない。
現実に彼女を求めることは罪なのだ。
私は彼女を失ってしまうことが一番辛かった。
それはほとんど恐怖に近い感情といっていい。
それに私の気持ちを伝えて彼女を巻き込みたくなかった。たとえ彼女が受け入れて
くれたとしても、周りの人たちはそうではないだろう。
私と違って彼女は明るい日なたを歩いていける人なのだ。それを邪魔する権利は
私にも誰にもない。
だから私はこの気持ちを彼女にはずっと隠してきたし、この先も告げるつもり
はない。
そうすれば私はこれからも親友として彼女のそばにいることができる。
…なのに、苦しかった。
求める想いは薄れるどころか、日に日に強くなっていく。
彼女といるだけで切ない思いで胸がいっぱいになる。
時に彼女の眩しい微笑みが私にむけられると、心臓が張り裂けそうな激痛がして私の
身体を強張らせた。
近くにいても何もできずにただ耐えるしかない。
そんな屈折した感情の捌け口として彼女を思いながらの自慰行為をおぼえた。
初めは罪悪感に苛まれ、彼女の顔をまともに見ることすらできないこともあった。
でも、今はそうは思わない。
現実がかなわないのなら、せめて空想の中でくらい許されるだろう。
その中では彼女は私のものだった。
私の行為は激しさを増していく。
目を閉じて空想の彼女にせめられる。
「…ふっ、ふぅ」
とめどなく熱い液が流れてくる私の膣内は二本の指を難なく受け入れて、飽くことなく
貪欲にむさぼってくる。
「………っ!!」
叫びだしそうになる声をかみ締め、夢中で指をかきまわす。
片方の手で胸を痛いほどに強く揉みしだき、先端を捻りあげると腰が浮いて
しまうような快感とともに膣内の収縮が始まった。
「神楽」
名を呼び、空想の彼女を抱きしめながら短く果てた。
目を開けると彼女は消えて、また一人に戻った。
気だるい身体をベッドに沈めて自分の濡れた右手をティッシュで拭き取る。
枕に顔をうずめた。
何て惨めなんだろうか。
どうしようもなく涙が止まらなかった。
空が雲に覆われていて、蒸しかえるような暑さの午後だった。
「雨が降りそうだな」
私の部屋のベッドに寝転んでいた神楽がポツリと呟いた。
「うん…」
私はそのベッドに寄りかかって本のページを捲りながら相槌をうった。
神楽と二人きりの空間。
それは何も特別なことじゃない。
こうやって休日になれば私と神楽は互いの部屋に遊びに行くことはしょっちゅうだ。
一緒に雑談したり、ゲームしたり、たまに神楽の宿題を手伝ったりした。
その時間は私にとってとても大切で、そして苦しい時間でもあった。
…ただ、この日の神楽はいつもと様子が違っていた。
私の家に突然押しかけてくることは珍しくもないのだが、部屋に入るなりベッドに
ねそっべてしまい、2,3言葉を交わしただけで黙りこくってしまった。
私が会話を振っても反応がほとんどなくて、仕方なく私は読みかけの本に手を
伸ばした。
そのまま静かな時間を過ごした、が私の心中はそうではない。
私の神経は後ろで寝転んでいる神楽の息遣いや、時折聞こえる衣擦れの音に集中して
しまってとても読書どころではなかった。
何より神楽が自分のベッドで寝ているという現実が、私の視覚に入らない分想像力
を掻き立て体の奥からむずがゆいような疼きを感じる。
好きな人の前でそんな想像ばかりしている自分が醜く滑稽な女に思えた。
不意に髪を撫でられた。
びっくりして振り返ると、ベッドに腰掛けた神楽と直に目があった。
途端空想の神楽を再び思い出してしまい、いたたまれずに思わず目を逸らす。
「いつ見ても綺麗な髪してるなって思って…つい触っちゃった。嫌だったか?」
「いや…別に…」
内心の動揺を知られまいとして、私は顔を背けたままつとめて口調を冷たくした。
空を彷徨った神楽の右手が軽く握り締められるのが見えた。
「…榊ってさ、私と顔、合わせてくれないよな」
「そんなこと…」
否定はできなかった、現にそうなのだ。
神楽の問いかける声には悲しげな音色が帯びていた。
今、どんな表情をしているのか気になった。
「ひょっとして、私のこと嫌いなのか?」
「馬鹿を言うな」
本当に馬鹿げている。今だってこうして話しているだけで、彼女への想いで
こんなにも心をかき乱されているというのに。
それにしても、今日の神楽はやはりおかしい。らしくない。
こんなこと、言うような性格ではないはずだ。
何故そんなことを聞いた?
胸の鼓動が激しく波打つ。そこに意味はない、ちょっとした彼女の気まぐれな質問だと
自分に何度も言い聞かす。
が、次に聞こえてきた言葉はさらに意外なもので私は耳を疑った。
「じゃあ…私のこと好き?」
小さくて聞き取りにくかったけど、確かに神楽はそう言った。
はっとして神楽の顔を見た。うっすらと頬が赤く染まっているが、神楽の表情は
真剣そのものだった。
神楽の、まるで友人としての枠を越えんとするその台詞に、私は凍りついた。
「だからつまり…」
神楽は軽く頭を掻くと、大きく息を吸い込んだ。
「私は榊が好きだ。その…私と……つ、付き合って欲しい」
そう言ったきり神楽は俯いてしまった。
窓にポツリと水滴がついた。それは徐々に数を増し、部屋の窓を一斉にノック
し始めた。
怖い。
どうしようもなく怖かった。
そんな風に私といることでいつか神楽は傷ついてしまいそうで。
そうなった時私には何もできないんじゃないかって。
私は始まる前から終わりを想像してしまった。
本当はかまわずに衝動のまま神楽を抱きしめてしまいたかった。
だけど僅かばかりの理性が私を踏みとどまらせてしまった。
「でも、私達は…女同士だ」
そう、言ってしまった。
そんなことは神楽だって承知の上だ。それでも私を求めてくれたのだ。
神楽は強い。
なのに私は卑怯な言葉で、理屈を盾にして自分の気持ちからも彼女の意思からも
逃げ出してしまった。私は弱かった。
これだけは口にしてはならなかったと思う。
神楽の顔からみるみる血の気が引いて、瞳に陰がさした。
「ん…そう…だよな、やっぱ」
震える声で神楽は言った。そして神楽は泣いた。声を押し殺して涙を流し続けた。
私はどうすることもできずに神楽の横顔をただじっと見ていた。
やがて涙がひくと、神楽は黙って部屋を出て行ってしまった。
残された私は神楽を傷つけた後悔と不安でいっぱいになった。
頭が真っ白になって私はしばらく立ちすくんだ。
神楽は大切な人だ。その神楽が私を好きだと言ってくれた。
彼女がくれたチャンスを自らぶち壊してしまうなんて、情けなさで血が滲むほど強く拳を握り締めた。
そして、途方もない後悔の念だけが私の中で渦巻いた。
こんなはずじゃなかった。この恋はずっと表に出されることはないはずだった。
私だけが神楽を愛していると思っていたからだ。でも、実際はそうじゃなかった。
神楽もまた私を愛してくれていた。そして彼女は自分の気持ちから逃げずに、私へ
歩み寄ろうとしてくれた。それなのに私は………。
脳裏にさっきの神楽の姿が浮かんだ。初めて見た彼女の涙。
その原因は私にあるのに、それでもなお神楽が愛しく思われる。
無益だ。そう思った。ここでいくら悔やんでも神楽は戻ってきやしない。
もう一度、もう一度神楽に会わなくちゃ。こんな終わり方は嫌だ。
いや、終わらせたくはない。私はどういう形でも神楽といつまでも一緒に
いれればそれでいいと思っていた。けど、それは諦めにも似た気持ちであって。
違う。本当に私が望んでいた二人の未来の形は一つだけだ。そして、彼女もそうだった。
だから、
神楽だけは絶対に失いたくない
それだけを頭の中で反すうして、あとは何も考えず、
雨の中傘もささずに私は家を飛び出していった。
私は長い時間神楽を探してあちこちを駆け回った。家にも帰っておらず、とにかく
思い当たる所全てを当たってみた。どこにも神楽はいなかった。
私は走り続けた。
神楽が告白してくれたとき、やはりあの時自分の欲望のままにでも神楽を抱きしめて
しまえばよかったんだ。腕の中に閉じ込めてしまって離さなければよかった。
そうすれば、神楽はずっと私のものになった。
服が水分を含んで重くなった。息が切れて胸が苦しくなった。
それでも私は神楽を求めて走り続けた。
最後に辿り着いたのは公園だった。昔ちよちゃん達と縄跳びをした所だ。
そこに、神楽の姿を見つけた。
神楽はずぶ濡れになりながら、ベンチに独りで座っていた。このままこの寂しい
景色とともに消えてなくないそうな程、その姿は儚かった。
「神楽っ」
神楽はちょっと顔を伏せたままぼんやりしていた。私は急いで走り寄った。
目の前に立った時、神楽はようやく私に気づいて顔を上げた。
私を見ると、神楽はちょっと笑った。そのはずなのに、降り落ちた雨の滴が幾筋も彼女の頬を流れていて私には泣いているように見えた。
色々な言葉が頭の中で渦巻いては消えた。何から話せばいいのか分からない。
「…心配かけちゃったな」
神楽は意外に落ち着いた声でそう言って腰をあげた。
「帰ろうか」
「ま、待って…」
ようやくこれだけを口にできた。もっと伝えたいことはたくさんあったはずなのに、
言葉にうまくまとめきれない。
口ごもった私との距離を神楽は一歩だけ縮めてきた。
「黙ってちゃ分からないよ」
手を握られた。
「榊。私に言いたいことがあるんだろ?だったら自分の気持ちをはっきり言ってくれ」
「…」
また少し怖くなった。
「…私は、榊を好きだという気持ちに何の引け目も感じてない」
握られる手に力が込められた。
「榊はどうなんだ?」
核心をついた問いかけに私は心の底から狼狽した。
「…榊には私を受け止める自信がないんだね」
神楽は私から手を離した。
「神楽!」
この最後のチャンスだけは逃してはならない。瞬間的にそう思った。本能というやつ
だろう。考えるよりも早く私は体を動かしていた。
私は神楽を引き戻して、強く抱きしめた。
神楽を抱いたとき、ぬれた衣服越しから微かな温もりとともに小さな体が震えている
ことが伝わってきた。
私の中の何かが崩れるような気がした。
「私だって…神楽が好きだ!でも、神楽を傷つけずに付き合っていく自信が無いんだ!
……傷ついた神楽を見るのは、…いや…怖いよ…」
心の中で抑え込んできた言葉をぶちまけるように、私は叫んでいた。
言い終えて自分の口から出た弱弱しい言葉に自嘲した。神楽もあきれてるだろう。
それでも私は本音が言えたんだ、それで十分じゃないか。
神楽が私を好きと言ってくれたことで。私の想いも伝えることができただけで。
…もう私はそれだけで…
「傷つけてもいいよ」
神楽が私の背中に手をまわした。
「…神楽」
「そんなのとっくに覚悟してるさ」
神楽はいつもの勝気な表情でくっきりと笑顔を作った。
「だからさ、榊。これ以上無理しなくていいんだ」
怖がらないで私を受け止めて
神楽は耳元で囁いた。
私の耳から放たれた甘い感覚が体中に染み渡って麻痺したように力が入らない。
これ以上自分を偽ってまで我慢することが下らないことに思えた。
うん、と私が言うと神楽は私の顔を覗き込んで、
「恋人関係成立」
私の腕の中でクスクスと笑った。
そんな彼女の子供っぽさに私もつられて苦笑してしまった。
結局のところ私が神楽を受け止めたのではなく、神楽が私を受け止めてくれた。
神楽はどんなに困難な道になろうとも私と一緒に歩いていく自信も決意も持っていた。
私にはそれがまだ足りない。今はまだ私は彼女に手を引っ張られているだけだ。
だけど何時か必ず私が神楽を支えていくから…強くなって守ってみせるから…だから、
それまで私の事を離さないで。ずっと私の傍にいて。
雨はいつの間にか降り止んでいた。
雲間から太陽の暖かい日差しが降り注いだ。
私と神楽は手をしっかりと絡めて、家路を急いだ。
私の家に帰ったら、シャワーを浴びて、服を着替えて、今度こそ二人で
楽しい休日を過ごそう。新しくなった二人の関係で。
「まったく、最初からお前が素直になってたらこんなに濡れずにすんだのに」
神楽は濡れた髪をかきあげて、私に向かって挑発的に笑った。
「…ごめんなさい」
素直に私が謝ると、神楽はよし、と大きく頷いてみせた。
「それと、ついでにもう一つ謝っておきたい」
この際、やましい事は一切打ち明けてしまおう。
神楽は首を傾げた。
「実は…毎晩君とえっちなことするの、想像してた」
神楽は真っ赤になって、下を向いた。それからため息をついた。
「ま…想像くらいは、な」
「実際にするのは駄目?」
「ば、ば〜か!付き合ったばっかだろうが!まだ駄目!!」
「そうか…」
と私ががっくりしてると、神楽は私の手を離して目の前に回りこんだ。
「…ま、まぁなんだ…キス、くらいならいいよ…」
神楽がギュッと目を閉じた。私も誘われるまま神楽を抱いて目を閉じて、キスした。
目を開けると、現実の神楽は嬉しさと恥ずかしさが入り混じったような微妙な表情
ではにかんで、そこにいた。もちろん消えるはずもない。当たり前のことなのにそれが どうしようもなく嬉しくて、今更に涙が溢れてきた。
神楽は一瞬目をみはったが、すぐに私より小さな背で優しく包み込んでくれた。
神楽の胸の中で、私は何もかも許されるような気がしていた。とても心地が良い。
この小さな体のどこにそんな力があるのか不思議で仕方なかった、が、とにかく…
私は幸せだった。
(終)