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「いってらっしゃい」
かおりは玄関で夫と口付けを交わす。
夫はいつものように爽やかな笑顔を返し、職場へと向かった。
彼女の子は夫よりも前に小学校へ出かけている。
今日は夏休み中の登校日だ。家にはかおりだけが残っている。
かおりは洗濯をすませた衣類を外の物干し竿にかけると、縁側に腰を下ろした。
外は今年一番の夏日和だ。
この季節のこんな天気の日に、ひとりきりでいると、
かおりの頭にはあの日の記憶が蘇ってきた。
「あれからもう何年経ったかしらね……」
かおりは回想に耽り始めた。
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それは、高校時代最後の夏休みの事。
かおりは、六人の友人と二人の教師と共に、受験対策合宿に参加した。
……こういうと堅苦しくきこえるが、実態は、
夏の恒例行事『ちよちゃんの別荘ツアー』の“ついでに”
一緒に受験勉強しよー、という感じであった。
高校一年と二年の時は不運にも部活動の合宿と重なってしまい、ツアーには行けなかった。
三年生になって部長になり、ある程度部活動の合宿日程を左右できる立場になってはじめて、
憧れの榊さんも一緒のツアーに参加できたのだった。
(3/11)
ツアー3日目の昼。ついにかおりは、榊と二人きりになるチャンスをつかんだ。
今二人は、ちよちゃんの別荘から歩いて5分ほどの松原
――潮風で砂が陸地に吹き込むのを防ぐための防砂林――の、
砂浜側のふちにいる。
目の前には紺碧の大海。辺りに人影は無く、
聞こえるのは波打際の音と風の音だけ。
二人は木陰でビニールシートを敷き、並んで座っていた。
だが二人きりになったは良いものの、
かおりは緊張のあまり何から話していいか分からなくなり、
時折チラチラと榊の方を見ては黙りこくるばかりの状態になった。
榊もまた、元々寡黙なだけに話題に困り、
時々かおりの方を見つつ黙りこくっていた。
そんな状態が10分ほど続いたであろうか。
沈黙に耐え切れなくなったかおりは、焦燥に駆られて、
とんでもない事を口走ってしまった。
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「さ、さ、さ、榊さんっ!?」
「ん?」
「智から聞いたんですけど、さ、昨年のツアーで、
黒沢先生の『特別授業』が有ったって、本当、ですか……?」
消え入りそうな語尾を自分の耳で聞きながら、かおりは大いに後悔した。
が、そんなかおりに、榊は当惑しながらも答えた。
「あ、ああ」
「黒沢先生、どんな事を話してくれたんです?」
智から詳しく聞かなかったのか? 私からは恥ずかしくて話せない、
などと言って断る事もできたが、かおりの目を見ていると榊は何故か断れなかった。
結局のところ榊自身もその手の話が嫌いでなかったし、
話題に困ってもいたので、かおりがようやく聞き取れるほどの小さな声で、
榊は『特別授業』の詳細を語り始めた。
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15分か20分ほど話し込んでいたろうか。
黒沢先生と谷崎先生の高校時代の体験について榊が話し終えた頃、
それまで黙って相槌を打つだけだったかおりが堰を切るように口を開いた。
「さ、榊さんっ、私の体で、同じ事を試して下さいっっ!!」
かおりは、我ながら狂っていると思ったが、もはや思考回路と言語回路の暴走は止め様が無かった。
考えてみれば、このツアーの始まりから、自分はおかしくなっていた。
榊さんとの挨拶で「ふつつかものですが」と言うわ、
榊さんと一緒にゆかり車に乗ることが決まった時に
「お供します」「この命―!!」と言うわ。
かおりは榊に軽蔑される事を覚悟したが、意外にも、
耳に入ってきた言葉は肯定の印だった。
「……いいよ」
榊はいわゆる『百合』にはあまり興味が無かったが、
かおりを傷つけたくないという思いから、あえて誘いに乗った。
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二人は、ぎこちないながらも、『授業』を再現していった。
変わりばんこに水着を脱いでいき、互いのカラダを賞賛し、
抱き合ってかわるがわる相手の乳首を口に含み……。
二人は抱き合ったまま倒れこんだ。
ビニールシート越しに乾いた砂の感触が心地良く伝わる。
徐々に強まってきた快楽に身を任せてのけぞった次の瞬間、
かおりは凍りついた。
――同じ様に驚愕に凍りついて、立ち尽くす神楽の姿が、
至近距離で逆さまに見えていた。
「お、お前ら、一体何を……」
後で本人に聞いたところによると、榊と競泳をやろうと思ってあちこち探していたのだと言う。
予想されて然るべき事だったが、この時のかおりは、
榊さんと二人きりになれた嬉しさのあまり、すっかり失念していた。
口を封じなければ。
次の瞬間、かおりは自分でも驚くような事をやってのけた。
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「!!」
運動神経では遥かに優れる神楽が次の行動を起こす間もなく、
かおりは素早く起き上がり、神楽の手を引っ張ってビニールシートに押し倒した。
そしてそのまま、かつて学校の柔道の授業――もちろん黒沢先生の授業だ――
で習った技を応用して彼女の動きを封じ、自らの唇で文字通り彼女の口を封じた。
「???!!????」
何が何だかわけが分からず、抵抗する事も忘れてしまった神楽に、
かおりがドスのきいた声で囁く。
「これで……神楽さんも共犯です」
「な、な、な!??」
神楽は困惑とも怯えともつかない表情をしている。
そんな彼女が何もできないでいる間に、かおりは手際よく彼女の水着を剥ぎ取ってしまった。
かおりは神楽の背中から腕を回し、左手で彼女の左乳房を鷲掴みにした。
「……あツっっ!!」
少し力がこもってしまった。神楽の顔が苦痛で彩られる。
かおりは慌てて力を緩め、一転して優しく揉み始めた。
「な、何しやがる……っ」
神楽はようやく抵抗する事を思い出したが、どうした事か、
体が思うように動かなかった。
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「……あ、ああ……ん、ふあぁん……」
いつしか、神楽は嬌声を上げはじめていた。顔は上気し、肌の日焼けしていない部分も、ほんのりと朱に染まっている。
初めてであるにも関わらず、かおりの手はまぐれ当たりで神楽の快楽のツボを直撃していた。
「神楽さんの胸……羨ましいです。あたしにも少し分けて欲しい……」
かおりの声は羨望だけでなく、神楽に対する純粋な賞賛をも帯びていた。
「む、無茶言うなよ……」
抵抗しようにも、そう言うのがこの時の神楽にとっては精一杯だった。
彼女から抵抗の意志が失せているのを見て取ったかおりは、呆然と固まっていた榊に向かって、促す。
「さあ、榊さんも」
かおりん、こんなこと、やっぱりいけない。そう言おうとした。
だが、神楽の悩ましい姿は、榊本人すら気づかなかった内なる情念の燭台に火を点けてしまっていた。
「神楽……綺麗だ……」
「さ、榊っっ?!?」
榊の手が神楽の秘められた所へのびる。
榊は黒沢先生の話通りに手を動かした。
「ひぃぁあぁっ!」
榊の人差し指は神楽のGスポットを見事に探り当てていた。
とぷっっ……
微かな音を立て、神楽の体の奧から愛液が溢れ出る。
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神楽の夥しい愛液が、木漏れ日に照らされてなまめかしく光っている。
「ああ……こんなに沢山……まるで泉みたいだ……」
一呼吸置いて、榊は言葉を続ける。
「私も……感じたら君みたいになるのかな……」
神楽の脳裏にも蘇る、黒沢先生の特別授業の記憶。
「じゃあ……お返しに試してやるよ……っ!」
神楽の指が強引に榊の体内に押し入る。
「あうっっ!!」
経験の無さゆえかあまり上手とは言えなかった。むしろ少し痛い。
だが、さっき神楽にした事を今度は自分がされてるという認識が、榊の興奮を掻き立てた。
(嘘っ!? 先を越された!!?)
それを見たかおりは、神楽を捕まえていた腕を離し、神楽とは反対側――榊の右半身側――に移り、榊を抱きしめた。
「抜け駆けは、許しませんよ? 神楽さん」
かおりもまた、榊の体内に指を挿し入れ、次いで榊の右手を自らの秘所に導く。
かおりと神楽、二人の指は統率が取れずしばしば反対方向に向かったため、榊の秘所は押し広げられるような格好になった。
健康を現わすピンク色をした膣内が露わになると共に、愛液が流れ出す。
「ほら……榊だって……こんなに……」
「榊さんの……綺麗……」
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二人の愛撫は激しさを増していく。
このまま堕ちてしまおうか……。
榊の理性は消え失せつつあった。
だけど……最後まで逝ってしまったら……たぶんどちらかだけと向き合う事になってしまうだろう……偏り無く愛を注げる自信なんて、無い。
そうなったら、私……。
不意に、榊は二人の手を握り締め、愛撫を止める。
「……榊?」
「……榊さん?」
すんでのところで榊は理性を取り戻した。
「私たち、やっぱり、踏み止まるべきだと思う」
「「……え?」」
「私、かおりんのことも神楽のことも好きだ。大好き。
……だけど、このまま行き着くとこまで行ってしまうと、私はどちらか一人だけしか選べなくなってしまうような気がする。今の私には、公平に愛せる自信が、無い」
「「……」」
「私、親友は一人も失いたくない。だから……踏み止まろう」
そう言って榊は、精一杯の優しさを等しく込めて、二人を抱きしめた。
「……そうだな」
「……そうね」
二人は微笑み、榊に寄り添った。
「もしもまた機会があれば、そしてまた、その時の私が二人を等しく愛せる事を確信できているなら……また、しよう」
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そんなわけで、あの時三人はギリギリの所で踏み止まった。
最後まで逝けなかったが、あれで良かったのだと、かおりは思っている。
あれ以来、9泊10日『ちよちゃんの別荘ツアー』の残り期間は勿論、
今に至るまで、再び三人で百合の園の奥深くへ足を踏み入れる事は無かった。
ほどなく受験勉強で皆忙しくなったし、
一緒にちよちゃん家で受験勉強をする事があっても、
かおりの家と榊の家は門限に厳しかったので、やはり機会は無かった。
大学入学以降、神楽がいち早く生涯の伴侶と出会い、しばらく後に榊が、
そしてかおりもまた最良の夫に巡り合った時、かおりはようやく、
父親とは違う理想の男性の姿を榊に重ねていたに過ぎない事を悟った。
もはや今は百合に溺れる気は無い。
今でも、三人は親友として付き合い続けている。
だけど……
こんな季節のこんな天気の日は、時々あの日の事を思い出し、
体が疼いてしまう。
体が火照っているのは、夏の暑さのせいばかりではない。
夫が帰ってくるまで我慢できそうに無い。
それまでの間、かおりは自らを一人慰めるべく、寝室に向かった。
そして、秘密の隠し場所から道具を取り出し、ベッドに身を横たえた。
[完]