372 名前:曇り空の放課後 (1/3)[sage]:2006/11/23(木) 13:39:08 ID:V7tNDRSO

鉛色の雲が低くたれ込めている11月の下旬。
「おおさかさーん。帰りましょう」
 終業を告げるベルが鳴り終わってすぐに、二つの涙滴型のお下げが特徴である
小柄な女の子が楽しそうに声をかけてくる。
 小学生から飛び級してきた天才少女と、関西から転校してきた大阪は精神的な
波長がとても合うのか、よく一緒に帰ることが多い。しかし今日は――
「あっ、あかんわ」
「どうしたんですか?」
 誰もが保護欲をそそられる愛くるしい瞳で、不思議そうに尋ねてくるクラス
メイトに、どこか含みのある表情を浮かべながら答えた。
「ごめんなあ。今日はちょっと約束があってな。いかなあかんねん」
「そうなんですか…… 残念です」
 寂しそうな顔になったが、すぐにこの上もない美点である曇りのない笑顔を
取り戻して手を振った。
「それじゃあ。また明日ですね」
「ほんならなー 」

 ぴょんぴょん跳ねながら駆け去る後姿を見送った後、大阪はゆっくりと
立ち上がった。帰宅する生徒で混み合う廊下を歩き、階段を下りる。幾度かの
角を曲がると人気はすっかりとなくなる。
 そして、一階の突き当たりの一つ手前にある保健室のドアを開いた。

「待ってたわよ。」
 部屋の奥に大人びた女性が椅子に腰掛けている。大阪にとってはよく見知った顔だ。
「ごめんなあ」
 ややざっくばらんな口調で言うと、内側から鍵を閉める。白いシーツと各種の
医薬品の香りが漂う部屋で佇んでいるのは、保険医でも養護教諭でもなくて
体育教師だった。

 

373 名前:曇り空の放課後 (2/3)[sage]:2006/11/23(木) 13:39:54 ID:V7tNDRSO

「にゃも先生。いつきてたん? 」
「10分くらい前かな」
 生徒からとても人気のある彼女は、人当たりの良い笑みを浮かべながら、
大阪が羽織っているコートに手をかけて、慣れた手つきで脱がしていく。

「ゆかり先生に捕まってるとおもってたで」
「あいつったら、しつこいってなんの。誰に会うの? 彼氏んとこ? とかね」
「あはは」
 笑う大阪の声を後ろにして、学校指定のコートをハンガーにかけた。
それから、白いベッドに腰掛けて手招きする。大阪は嬉しそうに教師の隣に腰掛ける。

「ほんでも、彼氏じゃなくって彼女やなあ」
 ワンテンポ遅れて言うと、みなもは苦笑する。
「なんで、私たちこんな関係になったのかな」
「えっと思い出せへん。ほんでも…… 」
 少し首をかしげながら、体育教師の肩に手をかける。
「木村先生のこと、全然いわれへんなあ」
「こらっ」
 頬を膨らましたみなもは、幼い顔立ちに似合わない毒舌を吐く少女の額を、
人差し指で軽く弾いた。

「いたいいたい」
 頭をかかえてうずくまる恋人に慌てて額を寄せる。しかし――
「へへー、そんなにいたくないで」
 と、ぺろっと舌を出されてしまう。
「ばかっ」
 みなもは苦笑しながら、慣れた動作で少女の唇にあっさりと触れる。
「ん…… 」
 唇に伝わる柔らかで心地よい感触を楽しむかのように、大阪と呼ばれる少女は
くぐもった嬌声をあげた。


 

374 名前:曇り空の放課後 (3/3)[sage]:2006/11/23(木) 13:41:10 ID:V7tNDRSO

「んあっ」
 お互いの背中に手をまわしながら、息遣いが少しずつ荒くなっていく。二種類の
あえぎ声が、さして広くない保健室に響き渡る。
 白いカーテンの端からは、曇り空の切れ目から覗いた晩秋の日差しがガラス越しに
漏れ、グラウンドからは部活動に熱を入れる健全な生徒の歓声が、時折思い出した
ように教師と生徒の耳朶を叩く。
「んん…… 」
 やがて我慢できなくなったみなもは、ゆっくりと大阪の小ぶりの唇をこじ開ける。
「んあっ」
 体育教師の求めに懸命に応じようと、背中に回した手をぎゅっと握りしめながら、
口内に入ったみなもの舌端に自らのそれを絡めていく。

 しかし、二人が唇をむさぼり合っている時に、唐突にみなもの携帯が震えだした。

「あ…… 」
 申し訳なさそうな、それでいて寂しそうな表情を閃かした彼女に微笑んでみせる。
「電話でてええよ」
「ごめんね」
 ゆっくりと身体を離した少女を名残惜しいそうに一瞬だけ眺めると、恨めしそうに
携帯を手をとった。そして、慌しくて不機嫌そうな会話を十数秒続けた後、彼女に
してはやや乱暴に電話機を切った。

「ごめん。ゆかりからなの」
 両手を合わせて深々と頭をさげる。
「今日はゆかりの母親に迎えてきてもらうっていってたのに…… 」
「都合が悪くなったんやな」
「そうなの。ほんとにごめんなさい」
「そんなに気にすることあらへんで」
 大阪は穏やかな表情を崩さないまま、申し訳なさそうにしている恋人の頬に
軽くキスをする。
「にゃもせんせいは、私のとりこやねんで」
「ばかっ」
 顔を赤らめた体育教師に向かって、少女は短い舌を軽くだした。
 

inserted by FC2 system