72 輪舞曲 sage New! 2009/08/30(日) 01:24:26 ID:uOCl2LgY

『鏡に映る姿に 感傷的になって あぁ…』
イヤホンから流れてくる音楽。とあるアーティストのカップリング曲だが暦が好んで聴く
お気に入りの曲だ。その曲の歌詞にひどく惹かれた。
そして曲が終わればまた考える、彼女のこと。
その、繰り返し。


「輪舞曲」


「よみってさ、榊ちゃんとどうなの?」
休み時間、雑談を交わしあっていた智がふと問いかけてきた。
「…どうって、どういう意味だよ?」
その問いかけに内心微かに動揺したが、暦は智に気づかれぬように努めて冷静に振舞う。
「いやさ、あんたと榊ちゃんってあんまり二人で話してるとこ見たことないから。
榊ちゃんがボケなくてツッコめないから絡みづらいとか?」
「つっこみができるできないで友達を決めるか」
“友達”その言葉に胸がズキリと痛む。あの日の記憶が鮮明に呼び戻されていく。
「じゃあ榊ちゃんが苦手とかじゃないんだ?」
嫌みや勘繰りではなく純粋に智は聞いているのだ。暦は頬杖をついたまま視線を前に向ける。
「少なくとも…」
視線の先には一人机に座って窓を見つめている黒髪の少女。
「お前らよりも私は榊を知ってるし、仲だって…」
榊。こうして彼女を直視するのは久しぶりだった。その横顔を見て暦の鼓動が高鳴っていく。
そう、自分は榊を誰よりも知っている、あの頃まではきっと。

二人だけの密やかな思い出。あれから半年以上は経過しただろう。

(もしも、あの時に違う選択をしていたなら、あいつとどうなってたのかな)

窓越しに外を見ている榊。他人を寄せつけない鋭い眼差し。
あの眼差しは自分だけのものだった。



 

73 輪舞曲 sage New! 2009/08/30(日) 01:26:47 ID:uOCl2LgY

廊下で違う組になった中学時代の友人に呼び止められた。
「ねぇねぇ、よみのクラスにすっごく綺麗な人がいるんだって?」
「あぁ…榊さんのこと?」
「その人クールでカッコいいんでしょ?よみは喋ったことないの?」
同じクラスにいる榊。彼女の端正な顔立ち、スラリとした長身、そして何処にも属さないその
クールな姿勢はクラス内だけでなく今や学校全体でも評判は高い。主に同性の女子達の間で黄色い
声で騒がれている。恐らく男子達にはややとっつきにくい印象の方がが強いのだろう。
暦は彼女と同じクラスというそれだけの理由で知り合いから榊に関する質問を何度となく受けてきた。
この手の質問にはいつも決まった返答をした。
「まぁ、クラスの中じゃ結構喋ってる方じゃないかな」
「へぇ、すごいね」
そう言うと相手から必ず羨望の眼差しを受ける。その度に暦の胸の中で優越感が生まれてくる。
勿論榊に関する情報を求められるのは暦だけではない。ちよちゃん、大阪、智そしてかおりん…
彼女らなら比較的榊と話しているし、今の暦のように羨ましがられるようなことは経験しているだろう。
しかし、それでも暦には確信があった。自分が間違いなく榊を一番知っているのだと。
私は榊にとって特別な人―――その確信が暦の優越感を人一倍高めているのだ。


 

74 輪舞曲 sage New! 2009/08/30(日) 01:28:42 ID:uOCl2LgY

「あ…」
そんな会話の最中、何かに気づいた友人が小さく声を上げた。その視線を追って振り返ると、向こう側から
背の高い女子生徒がこちらへ歩いてくる。会話の中心人物である、榊だ。
「よう」
暦が軽く手を挙げてやると、榊はそれに気づき、そして微かな笑みを返す。
恐らくこの表情の変化も暦にしか分からず、友人には無愛想なままにしか映っていなかっただろう。
「クラスに戻るとこか?」
「ああ」
短い言葉。立ち止まろうともせずに榊は暦の後ろをさっさと通り過ぎようとする。

(…!)
その時、榊はすれ違いざまに暦の右手を撫でた。その動作はほんの一瞬で、暦の友人にも全く
気づかせないものだ。
(今日か…)
これは、榊からの合図だ。榊と暦、二人だけが共有している秘密の合図。
暦は目だけで榊を追う。榊は振り返ることもなく、視界に映るのは彼女の長い黒髪で覆われた後姿だけだった。
同じく彼女の後姿を見つめていた友人がぽつりと呟いた。
「本当に綺麗な人…でも少し素っ気ない感じだね。ああいう人って心を開ける人がいるのかな?」
「さぁ、な」
興味ないような返答の裏で、撫でられた右手を見つめながら暦は内心ほくそ笑んだ。


 

75 輪舞曲 sage New! 2009/08/30(日) 01:34:36 ID:uOCl2LgY

放課後。時計の針は18時を指そうとしている。
秋もそろそろ終わろうかというこの季節。窓の外は薄暗闇に包まれており、校舎内に残る生徒はほとんどいない。
誰もいない教室で暦は机に腰をかけて、鼻歌を歌いながら足をぶらぶらと揺らしていた。
不意に、背後から手が伸びてきて柔らかく抱き締められる。
暦はさして驚いた様子もなく、振り返りもせずに背後にいる人物に話しかける。
「まさか私を驚かそうとしたんじゃないだろうな?榊」
「いや。待たせたお詫びだ」
低く落ち着いた榊の声が耳元で聞こえた。
「へぇ…つまりだ。お前は後ろから抱きつけば、私が喜ぶと思ったんだ?」
振り返って意地悪く言ってやる。だが榊はさして動じる様子もなく
「嫌だったなら謝る。どうなんだ?」
と、真顔で返す。からかいに気づかぬまま、真剣に暦の気持ちを確認しようとしているのだ。
それが可笑しくて暦はクスクス笑いながら、榊の胸に頭を預けた。
「嫌なわけ、ないだろ?ば〜か」
「なら、よかった」
榊の生真面目さが、暦は好きだった。
つと、榊の右手が上がり暦の頬に触れる。
もう一度振り返ると榊の唇がゆっくり近づいているのが見えて、暦は静かに目を閉じた。

「ん…」
一度目のキスはいつも触れるだけ。
数秒程で唇の感触が消え、そしてすぐにまた合わされる。
二度目のキスは軽く上唇を挟まれ、そして三度目のキス。
唇を舌で軽く突かれる。暦が口を開けると、榊の舌がゆっくりと侵入してきた。
これが、榊のキスの癖だった。

 

76 輪舞曲 sage New! 2009/08/30(日) 01:37:05 ID:uOCl2LgY

「んむ…」
濡れた舌が絡み合う感触に暦の背筋がぞくりと震える。胸の辺りで組まれている榊の腕を思わず掴む。
応えるように榊も暦を抱く腕に力を込めた。徐々に深くなっていく口づけ。
いつもこうして暦は榊に溺れていく。
もう長い間榊と暦は放課後、密やかに逢うことを繰り返していた。
そして長い口づけを交わし合うのだ。それ以上の事はしない。ただ、キスをするだけ。
時間にして30分、時には1時間近く口づけを繰り返す。飽きることはなかった。
例えて言うなら榊とのキスは麻薬に似ているのだと思う。回を重ねるごとに夢中になっていく自分がいる。
榊の柔らかな唇も、とろけるような舌の感触も、唾液の味も、暦は好きだった。
「ん…ちゅ、ちゅ…んん…」
顔の角度を変えて何度もキスをする。唾液を交換しながら深く深く口づけをする。
その度に榊の長い黒髪がさらりと流れて、暦の淡い栗色の髪に絡まっていく。
榊の髪と自分のそれが境界線を失くして混じり合う…それはひどく煽情的な光景で、暦を恍惚とした気持ちにさせた。
榊の長く綺麗な黒髪が、暦は好きだった。
二人はそうやって互いを味わっていたが、その時間もやがて終わる。
時計の針は19時を刺そうとしており、外は辺り一面闇に包まれていた。
名残惜しそうにゆっくりとした動作で榊は暦の口内から舌を引き抜く。
「はぁ…」
余韻に浸るように榊が息を吐く。それがすごく色っぽくて、いつも見とれてしまう。
榊から零れる熱い吐息が、暦は好きだった。
キスの後はいつも榊は優しく抱き締めてくれた。先程の高ぶりを鎮めてくれるように、榊から感じる
温もりは心地よく気持ちを安らかにさせた。
暦は目を閉じて榊に身を任す。
榊の温もりが、暦は好きだった。


 

77 輪舞曲 sage New! 2009/08/30(日) 01:40:19 ID:uOCl2LgY

帰り道。真っ暗になった通学路を二人で帰る。
「最近クマを飼い始めたんだ…」
「熊!?どういうことだよ?」
「本物の熊じゃなくて、携帯で飼ってる…ポストペットというらしい」
「あぁ、そういうことな。榊、クマ好きなんだ?」
「うん…すごく、可愛い」
「はは…そういうお前のほうがよっぽど可愛いけどな」
榊は少し俯く。そして、暦の左手を自分の右手で包み込んだ。
「どうしたんだよ?急に」
「その…」
「?」
「…いや。こうしたら、私達恋人同士に思われるかな?」
はっと、榊の顔を見上げた。
榊はいつもと変わらないポーカーフェイス。…多分、こいつの、冗談なんだろう。
そうは思っても暦の心臓は鼓動を早めていく。
「ばーか、ちょっと仲が良すぎるかなってくらいの…友達に見えるだけだろ」
一瞬だけ、榊が痛いくらい手に力を入れた。
「…そうか」
それだけ言うと、榊はあっさりと暦の手を解放した。今街灯の下を歩く榊の顔は深い陰影を作っていて
表情を読み取ることができない。何となく気まずい空気。僅かな逡巡の後、暦は思い切って榊の腕を自分の
それに絡めた。
「恋人っていうなら、このくれーしないと」
そう言って榊の肩に頭を軽く乗せてみる。間をもたせるための戯れ。それ以上の意味はない。暦は思う。
ふ、と頭の上から榊の小さな笑いが漏れた。反応はそれだけで、榊は何も言わなかった。
自分は榊のことをよく知っているつもりではいたが、それでもたまに何を考えているか分からないこともある。
榊のそんなミステリアスな所も、暦は好きだった。
「お前がやり始めたんだろ。笑ってんな」
ぐりぐりと頭を擦りつけてやると、僅かに榊がバランスを崩しそうになる。
そうして二人でくっついて帰った。
 

まるで本物の恋人同士みたいだなと、暦は思った。
 

85 名無しさん@ピンキー sage New! 2009/09/05(土) 23:42:41 ID:yDWq5NBZ

翌日も榊からの合図があった。
2時間目のゆかり先生の授業の後、伸びをしていた暦の髪をそっと触れてきた。
それが榊の合図だと気づくと、途端に顔が赤くなっていくのが分かる。
それ以降の授業には今一つ集中できなかった。何をしていても榊との時間を考えてしまう。
思ったより、榊にハマっているのかもしれない。榊と触れ合える放課後が待ち遠しくて仕様がなかった。
振り返ってみれば、榊とこういった関係になって随分時間が経った。
きっかけは放課後に忘れ物を取りに教室に戻った時だった。
そこに榊がいた。暦が入って来たのにも気付かず夢中で何かの本を読んでいた。
珍しい光景に暦の好奇心がくすぐられる。そっと足音を消して、榊の背後に忍び寄った。
『ふーん、榊さんって猫好きなんだ』
後ろからいきなり声をかけられた榊はのけ反りながらバンと大きな音を出して読んでいた本を閉じる。
そうしてゼンマイの切れかけた人形のようにギクシャクと後ろへ首を回した。
『そんなに驚かないでよ』
予想以上の動転ぶりに苦笑しながら、暦はどうどうと榊をあやす。
『……見たのか?』
鋭い目つきで凄まれるが、真っ赤な顔では迫力が台無しだ。暦はにっこりと笑ってみせる。
『見た。猫の写真集』
ますます顔を赤らめた榊は、まるで悪戯が見つかった子供のように眉を八の字にすると、観念してと両手で
隠そうとしていたその写真集を差し出した。

 

86 輪舞曲 sage New! 2009/09/05(土) 23:44:02 ID:yDWq5NBZ

『…おかしいだろ。私がこんなの読んでて…』
『確かに意外だけど、別にいいじゃんない?』
『え?』
『だから、何にも恥ずかしがることないじゃない。周りの評判を気にしてるみたいだけど…私はいいと思うよ』
『ほ、本当に?』
『うん。それに、その本を一生懸命読んでる榊さん、なんか可愛かったよ』
目を見開いて再び顔を赤らめる榊。嘘偽りなく、暦はそんな榊をやっぱり可愛いと思った。
『あの…』
『うん?』
『ありがとう』
あの時の榊の顔は忘れられない。あのクールな榊が、ちょっと強面の榊が、こんな風に笑うなんて。
『何でお礼なんて言うのよ』
笑い合う、暦と榊。
それ以来放課後二人で話すようになり、榊との距離はぐんぐんと近づいていった。
榊が可愛い物が好きだとか、動物に懐かれない悩みだとか、そんな風に自分のことを打ち明けてくれて二人で語り合った。
あの人を寄せつけない空気を纏った彼女が自分にだけは心を開いてくれている、暦にとってそれは快感だった。
――そして、ある日突然キスをされた。
驚きはしたが、冷静でいられた。不思議なことに嫌悪感は一切無かった。
微かに震えている榊の唇を感じながら、暦は目を瞑って、それを自然に受け入れた。


 

87 輪舞曲 sage New! 2009/09/05(土) 23:45:07 ID:yDWq5NBZ

その日の放課後、一緒に帰ろうという智の誘いを暦は断っていた。
「え〜!また学校に残って勉強!?何だよ!そこまでして良い点取りたいのか!?」
「だから悪いって言ってるじゃない」
ブーブーと不満爆発の智をどうにかなだめる。名目は期末前の図書館での試験勉強。
そういえば最近智と一緒に帰っていない。悪いと思うし、一緒に帰ってやりたいが、榊との時間は手放し難かった。
「分かったよふ〜んだ。大阪と帰るもんね。よみのば〜か、ば〜か」
「小学生かよ」
「………なぁ」
口を尖らせて怒っていた智が、ふと真顔になって暦を見つめた。打って変って静かになった智はぽつりと呟く。
「よみってさ。最近キレイなったよな」
「は、はぁ?何言い出…」
「まさか、恋人でもできたんじゃないだろうな?」
ぎくり。
昔から智はこうだ。普段他人の事なんてお構いなしで自分のペースに巻き込んでばかりのくせに、時々妙に鋭い。
付き合いが長いからなのか、はたまた自分が浮かれた空気でも出していたのか。いずれにせよ、智にバレるのは勘弁だ。
そもそも彼女は恋人では、ない。ただ一緒にいるのが、口づけを交わしあうのが心地いい。自分にとってはそれだけ。
それが全てだ。
いずれにせよ。
「んなわけねーだろ」
これだけを吐き捨てるのが精いっぱいだった。
その後は図書室で本を読んで適当に時間を潰した。閉館だと追い出される頃には校舎に人気は感じられなくなっていた。
図書館にいる間、智が言った恋人という言葉が頭から離れなかったが、それを深く考える事は何となく避けた。


 

88 輪舞曲 sage New! 2009/09/05(土) 23:47:00 ID:yDWq5NBZ

教室。戸の前に立ち、大きく息を吸い込む。戸を開く。
榊が、いた。自分の机に座って窓を眺めている。
誰もいない教室でたった一人。秋の夕闇に溶けてなくなりそうな、そんな寂しくて儚い姿。それがひどく榊には似合っていて。
(このまま消えてしまうんじゃないだろうな…)
暦は本気で心配になる。目の前の榊は幻になるのではないかと。
榊の視線が動く。暦の存在に気づくと、榊はまた微かな笑顔を向けてくれる。
さっきまでの榊に対する夢想を振り切るように、暦は口を開いた。
「お前って、いっつも一人で何を考えているんだ?」
「君のこと」
「ばっ!」
不意打ち。臆面もなくさらりと返された台詞に、暦は顔を真っ赤にして固まる。
「本当だ」
微笑を携えながら榊は席を立ち、歩み寄ってきた。
「待ってる間、ずっと君のこと考えていた」
頬を慈しむように撫でられる。真顔で何て事を言うんだろう。恥ずかしくて顔から火が出そうだった。
いつもと様子が違う榊に戸惑う、そして同時に湧き上がるこの高揚感…これはまるで……。
「…っ。い、いったい何なんだよ急に」
全て言い終わらないうちに唇を重ねられた。最初から深く暦の口内に舌を入れて蹂躙してくる。
「ふっ…う、ぁ」
舌を強引に絡まされながら、壁に押しつけられた。腕ごと強く抱き締められて抵抗することができない。
暦の上唇を軽く挟みながら、榊は名残惜しげに唇を離した。
「はぁはぁ、だから、何なんだよ…。今日のお前、ちょっとおかしいぞ」
荒い息を吐きながら、暦は榊を睨みつける。
榊は真っ直ぐに暦を見つめていたが、しばらくすると目を伏せてしまった。暦からそっと体を離す。
「君は…」
「え?」
「君はどうして私とキスをするんだ?」

 

89 輪舞曲 sage New! 2009/09/05(土) 23:48:20 ID:yDWq5NBZ

榊と、どうしてキスをするのか?
この思いもよらなかった榊の問いかけは、暦を半ば愕然とした気持ちにさせた。
「……それは…」
何と言っていいのか分からずに口ごもる。
嫌じゃなかった。あの時は単にそれだけだった。
今はどうなのか。今はこの行為を楽しんでいるし、むしろ…。
「…ごめん、私あまり上手く言えなくて。はっきり言う。私は君が好きだ。だから…その、付き合って欲しいんだ…」
告白。
榊と付き合う…。考えてもみなかったことだ。キスをしておいてこの事を考えなかったというのも可笑しな話だけど。
ただ、今こうして好きだと言われてみても決して嫌ではなく、単純に嬉しいと思える。
でも。
「私は…」
嬉しいと思えることが逆に暦を混乱させた。
榊に抱くこの気持ちは果たして一般的な愛情と同一のものなのか。
榊が同性であるという事実が暦の判断を鈍らせる。…自信を揺らがせる。
それ故に、暦の脳裏には様々な疑問符が流れていった。
私はどうしたいのか?付き合うのか?女同士で?今更そんなのは問題か?
榊をどう思ってる?好きなのか?本当に?ただ行為に酔っていただけじゃないのか?
思考が巡る。収拾がつかない。榊は何故今日こんな事を言い出すのか。
分からない、分からない。私の、榊に対する、このキモチは。
急すぎる。答えがすぐに出せるわけがない。
考えてこなかった。否。考えようとしなかった。
だから。

 

90 輪舞曲 sage New! 2009/09/05(土) 23:49:54 ID:yDWq5NBZ

「榊は…」
「?」
「榊はさ。私なんかより…もっと合うヤツがいると思うんだ」
「…」
話をすり替えた。ううん。逃げたのだ。榊から逃げた。それはつまり、榊にとっては…。
見上げる。ひどく、悲しそうな榊の表情。
そして。
次の瞬間にはいつものポーカーフェイス。他人を寄せつけない鋭い眼差し。
いつもの榊。誰もが目にする普段の榊がそこにいた。
「そうか」
「榊…」
そっと榊に抱き締められる。暦の視界には肩越しに映る艶やかな黒髪。鼻孔をくすぐるのは甘い
シャンプーの香り。感じられるのは制服越しに伝わる柔らかな体温。
五感に伝わる榊の存在に何故だか暦は泣き出したいような衝動を覚えた。
「ねぇ?」
いつもの優しげな、榊の声。
「君は、私はどういう人となら合うと思っているんだ?」
「…そうだな。こう、物事をもっと純粋に考えれる、前向きな人、かな。それに、何となくだけど、
お前が付き合うのは女なんだと思う」
「どうして?」
「ホントに何となくなんだけどさ。お前が異性と付き合うの想像できないし、あと何て言うかこう、
お前には女性を虜にする才能があるよ」
「君がそういうなら、そうなのかも。君は…誰よりも私の事を知ってくれている。……だけど」
次には冷めたような、淡々とした榊の声。
「肝心な人は虜にできなかった」
「さ…」
言いかけた暦の言葉は、再び榊の口で封じられる。
形を確かめるように唇に沿って舌を滑らせ、味わうように暦の舌に絡みつく。
息が苦しくなるくらい長いキス。ようやく解放されて酸素を求めて荒く呼吸をした。
「一つお願いがある」
「…何だ?」
「今日は最後まで…させて欲しい」
「な、にを…」
「嫌だったら突き飛ばしてくれていい。どうせ…」
「………榊?」
そこで榊はふっと笑った。
「ごめん。こんな私で」
その笑顔は今まで見た彼女の表情で一番綺麗だなと暦は思った。
優しくて、儚くて、それはひどく――

 

91 輪舞曲 sage New! 2009/09/05(土) 23:52:44 ID:yDWq5NBZ

「はっ…」
息を吐く。思考が妨げられる。榊の手は制服の中に滑り込み直に肌をまさぐってきた。
身体のラインをなぞるように上から下へ何度も榊の手が滑り落ちていく。
「く…はぁ…はぅ…」
「さすがに教室で脱がす事はしない。代わりに、君自身を確かめさせてくれ」
「ば…か…あぁ」
ただ触れられているだけなのに、暦の意識を離れて身体がガクガクと跳ねる。
榊が触れる、そう思うだけで気持ちが昂ぶる。息が止まる。榊の手は休むことなく暦の身体を
流れていった。背中をまさぐっていた手が下りたかと思えば、今度は暦の尻を揉み始める。
「く…そんな、とこ…」
「じゃ、ここは?」
「あっ…」
首筋に軽く歯をつきたてられる。その瞬間、身体の中を何かが駆け巡ったような気がした。
榊は暦の首を舌で舐め上げられながら、むっちりとした太腿にも手を這わせていく。
しばらくして手の動きが止まり、榊は暦の下半身をじっと見つめだした。
その視線に羞恥心が掻き立てられ、暦は足をくねらせる。
「や…あっ…」
「前から思っていたんだけど」
「…何…?」
「この黒いニーソックスって…」
「…?」
「エロいな」
「っ!?」

 

92 輪舞曲 sage New! 2009/09/05(土) 23:54:02 ID:yDWq5NBZ

耳元でそう強く囁かれると同時に、榊の指が下着の中に侵入してきた。割れ目に軽く沿わしただけで
くちゅりと粘着質な音が聞こえてくる。
「もうこんなに濡れてる…ひょっとして、キスだけでこうなったのか?」
「ばかっ、あっ、くぅ…んなわけ…ないだ、ろ…」
「そうか?」
膣内に榊の指がずぷりと第一関節まで押し込まれる。
「こんな簡単に入るのに」
「はぅあっ…!さ、かき…」
「熱い…」
いきなりの挿入に暦は背をのけ反らせた。
榊の指がそのまま抽送を繰り返す。先程までの行為とは比べられないほど強烈な快感。
「やっ…さかきぃ…あぁ…っ」
腰が壁沿いにずり落ちそうになるのを榊にしがみつくことで必死にこらえた。
榊も左手を暦の腰に回して引き寄せる。互いの身体の密着度が高まる。
「もっと私に体重を預けて……そう、それでいい。続けるぞ」
「うっ…はぁ…あ…くっ…うぁ…」
軽く指を九の字に折り曲げて肉襞を引っ掻くように榊の指が動く。その度に榊の腕の中で暦の身体が
ビクビクと動いた。俯いたまま目に涙をたたえ、歯を食いしばるが断続的に声が漏れる。
手に力が込められて榊の制服に大きな皺を作った。
息が詰まる。視界が揺らぐ。
「すごく色っぽい声だね」
巧みな指使いからは想像できないほど榊は穏やかに声をかける。

 

93 輪舞曲 sage New! 2009/09/05(土) 23:55:03 ID:yDWq5NBZ

「顔…ちゃんと見せて…」
左手で眼鏡をそっと外される。榊が、世界が、ぼやけて見える。
今、榊はどんな顔をして自分を見ているのだろうか。

「暦」

うっとりとした声で、名前で呼ばれた。
あの榊がこんな音色で、自分のファーストネームを奏でるなんて。
(だめ…そんな風に、呼ばれたら…っ)
背骨から大きな波が押し寄せる。
「ぅく…さか、き……っあああ」
その甘い響きに暦は達した。
長い時間一緒にいた中で、自分の名前を榊が呼んでくれたのはこれが初めてだった。
淀のような倦怠感が体を包む。薄れていく意識の中で榊に強く抱き締められたのをぼんやりと覚えている。
重なった二人の頬を流れ落ちる冷たい涙は、自分のものだったのかもしれないし、
榊のものだったのかもしれなかった。


 

94 輪舞曲 sage New! 2009/09/05(土) 23:56:02 ID:yDWq5NBZ

あれ以来榊からの合図はなくなった。二人で話すこともしなくなった。ただ皆の輪の中で一緒にいるだけ。
別に避けているわけではないが、二人を繋いでいた何かが壊れてしまった、そういう感じがする。
そしてそれを壊してしまったのは間違いなく自分だ。
あの時、もしも榊を受け入れていたら、そう考えることはよくあった。
何故自分は逃げてしまったのか…そう思う度に言い知れない圧迫感が全身を襲ってくる。
一方ではこれでよかったのだと思う気持ちもある。あの距離感がちょうど良かったのだ。
あれ以上接近してしまってはきっと色々な弊害が生まれて二人を苦しめることになっただろう。
自分のようにあれこれと理論的に考えるタイプは、特に。あの時言った榊に合うタイプ――あれは適当に
口走った訳ではなく、本当にそういう人物が彼女を幸せにしてくれるのだと思ったからだ。
自分では無理なんだ。だから、これでいい。
(まっ…今更またごちゃごちゃ考えてもしょうがないんだけど)
何度も出した結論。そう、仕様がない。
脳裏に浮かぶお気に入りの曲の一節。

『また言い聞かせてその度思う 所詮 繰り返すだけの輪舞曲』


 

95 輪舞曲 sage New! 2009/09/05(土) 23:57:08 ID:yDWq5NBZ

「榊っ」
その声に思わず顔を上げる。榊の机に椅子を引っ張ってどかりと座る小柄な少女。
2年になって同じクラスになった神楽という女子だった。
彼女は榊に何ら臆することなく積極的にアプローチをかけていて、常に榊の傍らを陣取っていた。
今では二人のツーショットは珍しくない。むしろ二人でいることが当たり前になっている。
あの榊相手に物怖じせずにつきまとい続ける姿には、暦も呆れを通り越して感心したものだ。
「この間の話なんだけどさ…」
ニコニコと笑いかける神楽。そして静かに彼女を見つめる榊。二人はぴったりと寄り添っている。
胸が、ざわついた。
榊の目…。
あの、神楽を見つめる榊の優しい眼差しが…それはかつて自分に向けられていたあの、眼差し、だったのだから。
残響。

『ねぇ。君は、私はどういう人と合うと思っているんだ?』

そこで理解した。あの二人はもう、友達ではなく。
榊の手が神楽の手に触れる。顔をポッと赤らめた神楽は周囲を気にしながらも、榊を見てはにかんで―――。

『こう、物事をもっと純粋に考えれる、前向きな人、かな。』

ガタリと音を立てて暦は立ち上がった。無意識の行動。ハッと我に返ると智が目を丸くして自分を見上げている。
「びっくりしたぁ。いきなりどうしたんだよ?」
「…悪い、智。私、ちょっとトイレに」
足早に暦はその場を立ち去った。もう、これ以上あの二人を見ていたくなかった。


 

96 輪舞曲 sage New! 2009/09/05(土) 23:59:00 ID:yDWq5NBZ

ばしゃばしゃと洗面台で顔を洗う。
鏡に映る、自分の不機嫌な顔。
「…くそ。何だっていうのよ」
今頃になって、何を感傷的になっているのだ?
よくありがちなイライラという言葉では表せない、この胸を締めつけてくる激情は何なのだ?
「自分で…選んだことだろ…」
唇を噛みしめて、両手で洗面台にもたれる。
気分が悪い。吐き気がする。視界が揺れる。
「榊…」
これでよかった、しょうがなかった、いまさらどうしようもない。そうやって自分を納得させてきた。何度も何度も。
なのに。それなのに。
「よみ?」
「!?」
不意に声をかけられる。振り返ると、智が扉の前で立っていた。
「智か…」
まったく、一人になりたい時だというのに、こいつはいつも人の気も知らないで構ってくるのだ。
ハンカチで顔を拭きながら、暦は何事もなかったように振る舞う。
「…なんだよ?お前もトイレか?」
「いやぁ、何かね。あんたが慰めを必要としてるんじゃないかな〜って思ってね」
(こいつはどうして…)鋭い。このまままともに取り合っては、何もかも見抜かれそうだ。
「訳の分からんこというな。私はもう行くぞ」
眼鏡を掛け直し、足早に智の横を通り過ぎようとした。途端、腕を掴まれた。
「あんたってさ…ホント、素直じゃないよね。どうせまたつまらない意地はって勝手に思い悩んでるんでしょ?」
「何だとこの…っ!」
智のストレートな言い方についカッとなって怒鳴りそうになる。
「榊ちゃん」
「っ!?」
だが、まさかの図星をつかれて、固まる。智は苦笑して、暦の頭を抱き寄せてよしよしと撫でてきた。
「やっぱりな。あんた分かりやすすぎ。しょうがない奴だなぁ」
気勢は削がれた。怒る気もどかす気にもなれず、されるがままになる。
「…子供か、私は」
「子供じゃん。もう少し素直になれたら苦労しないのにさ。馬鹿みてぇ」
「素直…」
「榊ちゃんはいい子だからな。よみが悪いに決まってる。勿体ない、ほんと、よみは馬鹿だ」
感じる体温。微かなシャンプーの香り。でも、それが思い出にある榊のものとは違うことに戸惑いを感じてしまって―――


 

97 輪舞曲 sage New! 2009/09/05(土) 23:59:51 ID:yDWq5NBZ

嗚呼。

そこで、ようやく確信することができた。はっきりと自分の気持ちを意識することができた。

「本当だな」

今のいままで見ない振りをしてきたのだ。認めてしまえば、きっと後悔で苦しむ。それが、怖かった。

私は…。

「馬鹿だよ。ホント…大馬鹿だ」

結局気づけばいつでも榊のことばかり考えている。想っている。あの時から今も変わらずにある、このキモチ。

私は、榊が、好き。


98 輪舞曲 sage New! 2009/09/06(日) 00:01:03 ID:yDWq5NBZ

向き合うのがが遅かった。
好きだからキスを許した。好きだから抱き締められた。好きだから一緒にいたかった。
すごく、単純なこと。
榊はそれに素直に向き合ってくれてたのに、告白までしてくれたのに。
自分ときたら変に気取って、複雑にして、あげくの果てには目を背けて。
そして榊は、もう前へと踏み出している。新しい出会いが彼女に訪れている。
神楽。彼女はいい奴だ。純粋で前向きで、真っ直ぐな人。
きっとあの神楽となら上手くやっていけるだろう。
榊は幸せになれると思う。
けれど、自分はどうなのだろう。
あれからずっと、止まったまま。


「私は…」
「ん?」
「私は、どうなるのかな?」
智にしてみれば突拍子もない呟きに聞こえたろう。けれど智は答えてくれる。
「よみ次第だろ」
「…そう、か」
榊。キスも抱擁もそれ以上の事も、好きだと言ってくれた人も、好きになった人も
そしてあんな風に名前を呼んでくれたのも―――自分の大切な初めては全て、榊だった。

(ばか…こんなんじゃ忘れたくても忘れられねーよ……っ)

暦は涙も声も出さずに、泣いた。



気持ちに気づいたからといって、それで何も変わりはしないのだ。
これからも彼女を想い、苦しみ、諦めて、そしてまた思い出す。
繰り返される私の、輪舞曲。



(終)

99 輪舞曲ep sage New! 2009/09/06(日) 00:25:09 ID:wB065piI

あれからさらに数カ月。

正月を北海道で過ごした暦は、お土産を親しい友人たちに配っていた。
皆には白い恋人ブラックを。そして榊の分には特別なものを。

「あ、榊は前クマとか好きって聞いたから」
手渡したのは、熊カレー。
「熊はいってんだ、それ」
固まる榊。もちろん暦は榊のクマが好きというそのニュアンスの違いは理解している。
(ま…これくらいの意地悪は、許してくれよ)
未だに忘れさせてくれない榊への、ささやかな復讐。
のはずだった。

「ありがとう」
「へ?」
「覚えてて…くれたんだ」
榊はそう言って少しだけ切なそうに、笑いかけてくれた。
暦の胸に甘く痺れが走る。
「…当たり前だろ」
それだけをかろうじて言い残し、暦は席に戻った。
久しぶりに見た、自分に向けてくれた、榊の笑顔。
また、余計に忘れられない彼女の記憶が増える。胸が高鳴る。
やれやれと暦は頬杖をついて、次の授業の開始を待った。

(完)
 

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