213 名前:『三月三十一日の、次の日』《1》[sage] :2006/03/32(土) 12:40:37 ID:/1yW39M8

 ピンポンピンポンピンポーン!
 昼下がり。
 バカみたいにチャイムが繰り返し鳴ったので、黒沢みなもは、はいはい、と口の中で呟きながら、玄関に向かった。
「どなた? 」
「あたしよ、あたしー」
 鉄の扉の向こうから聞こえるのは、腐れ縁、谷崎ゆかりの声だ。お互いもういい年齢になるのに、彼女とのつきあいはまるで変わらない。子供っぽいことばかりする、高校からの同級生。
「はいはい」
 春休み真っ只中。大方花見の誘いか何かかと思って、みなもは鍵を開ける。ゆかりの訪問の理由は、最終的に二人で酒を飲めさえすればいいのだ。勿論みなもにも異存はない。冷静に今日のタイムスケジュールなどを組み始めていた。
「なあに……?
って、ちょっと何!? あんたその格好?! 」
 息を呑む。そして吹き出すみなもに、いつも以上に真剣な顔の谷崎ゆかりは、色とりどりの薔薇の華を差し出して。
「みなもさん、今日は大事な話があって伺いました」
「はあ? 」
 真っ白のタキシード。赤い蝶ネクタイ。ぴん、と筋の通った立ち方は、まるで宝塚の男役のよう。そしてそのさわやかな笑い。
「みなもさん」
「はい? 」
「僕と結婚してください」
「え!? 」
 唐突な友人の言葉に驚いたみなもだが、今日が何の日だったかを思い出して納得した。
 ――なるほどね。
「まあ、ここで立ち話もなんだし、上がってよ」
 みなもが手で招くと、ゆかりは丁寧に頭を下げて。
「おじゃまいたします」
 と答えた。思わず苦笑する黒沢。
 ――おじゃまいたします、と来たか。
 こみ上げる笑いを、咳払いでごまかした、三月三十一日の、次の日。


 

214 名前:『三月三十一日の、次の日』《2》[sage] :2006/03/32(土) 12:41:21 ID:/1yW39M8

 風呂場から持ってきたプラスチックのたらいに薔薇をつけると、薬缶のお湯が沸き始めていた。二人ぶんのコーヒーを煎れるために、二つのマグカップを取り出す。ちらり、と覗けば、リビングで谷崎ゆかりがしゃちほこばって椅子に座っていた。
 ゆかりの硬直、それは勿論この状況をリアルにするための演技であった。そんなことはみなもにも分かっているはずだ。かえって分かってもらわないと、ゆかりは困る。あくまでお遊びなのだから。三月三十一日の、次の日の。
 ふわ、とコーヒーのよい香りが漂ってくる。やがて、どうぞ、とゆかりの前にカップが置かれた。気を使わない、いつものマグカップ。そしてショートケーキ。
 恥ずかしながら、ゆかりはショートケーキが好きだ。赤と白の取り合わせが、きれいではないか。苺なんてそれほど好きな果物でもないのに、ショートケーキの頂点に鎮座ましましているのを見ると、どうしても食べたくなる。
「ちょうどよかったわ。昨日余分に買ってきておいたの」
 微笑みながら、黒沢は自分の前にはチョコレートケーキを置いた。
「きっと、今日が来るのを、予感していたのね」
 椅子をひいて、みなもが座る。今の笑顔は、お見合いの席で使うとっておきのやつだ。
「どうぞ」
「あ、ああ、いただきます」
 一瞬眉間に皺の浮かんだ谷崎は、これまた丁寧にお辞儀をして、そっとコーヒーに口をつけた。苦い、煎った豆の味。ふう、と息を吐くと、ゆっくりその表面に波紋が生じた。

「さきほどのお話ですけれど、うけさせていただきます」
 しばらく黙ったままケーキを食べていた中、始めに口を開いたのはみなもの方だった。
「え? 」
「ほら、結婚の話」
 あ、ああ、ああ、とうなづくゆかりは、今の状態を忘れていたのだろうか。それともショートケーキに没頭していたか。いずれにせよゆかりが、うわの空でいたことは間違いない。
「そうですか、ありがとうございます! 」
 役柄を思い出した王子様が、さわやかな笑いでそっと、みなもの手を握る。
「いけません、ゆかりさん。そんなことされると、私ドキドキしてしまいます」
「すみません、でも思わずあなたの美しさに、手が伸びてしまったのです」
 それからそっとみなもの手の甲にキスをする。押し包んだゆかりの手の中で、黒沢の指の筋が、ぴくんと張った。
「ところでゆかりさん」
「ゆかり、と呼んでください」
「それじゃあ、ゆかり。式はすぐにあげる? 」
「準備に時間をかけたいですから、少し先がいいですね」
「それじゃあ、六月かな? 」
「そうですね。六月、JUNEブライドもいいですけれど、もう少しずらしたいです」
「どうして? 」
「せっかくの私達の幸せの日なのに、空が泣いているではありませんか」
 眉一つ動かさずに、ゆかりもよくこんなキザな台詞がよく吐けるものだ。けれどみなもも負けてはいない。余裕を持って、そんなことないわ、と言った。
「どんなに泣き出しそうな梅雨の空も、私達の結婚式には、喜びでほころぶと思います」
「そうですね。それじゃあ式は、六月で」
「嘘じゃないわよね。ゆかり」
「嘘なもんですか! 」
「愛してる? 」
「愛してるわ、みなも。結婚してください」
 そうして二人はずるがしこそうに微笑む。三月三十一日の、次の日。


215 名前:『三月三十一日の、次の日』《3》[sage] :2006/03/32(土) 12:42:21 ID:/1yW39M8

 家はどこに建てる?
 海のよく見える、小高い丘の上に。
 どんな家?
 赤い屋根と白い壁の、二人だけの小さなシャトーを。
 ペット飼いたいな、私。
 いいですね。小さな犬を飼いましょう。
 名前は?
 ベッティー。
 庭も整えたいわね。
 二人の愛の印に、赤と白の薔薇を。
 町の喧騒の遠く離れたところで。
 辺りには誰もいない、二人きりの家。
 私、焼きたてのクッキーを毎日焼くわ。
 うれしいな、みなも。私達、相性ばっちりだね。
 本当ね、運命の相手が、こんな近くにいたなんて。
 そこまで言って、二人で声をそろえて笑った。
 乙女チックな夢の生活。昔も全く同じ話をしたことを、みなもは覚えている。女子高時代の、たわいもない会話。
 夢のような生活。
 虚構の虚構の虚構の虚構。
 嘘は、嘘だとわかっているからつける。嘘つきの楽しみ。それが三月三十一日の次の日。
 けれど大人はその虚構に、リアルを混ぜる術を心得ている。思いついたようににんまりと笑う黒沢に、ゆかりは、どうしました? みなもさん、と尋ねた。
「ええ。私、すごく嬉しくて――。でも、哀しくて」
「どうしてですか? みなもさん」
「だって、ここまで相性がいいのに、たった一つだけ、気がかりなことがあるんです」
「なんですか? その気がかりなこととは? 」
 そらきた、とゆかりは思う。
 きっと黒沢は、二人とも女同士だ、と言う基本をついてくるはずだ。そうしたらこの偽の戸籍謄本を示して。
「実は私は、男だったのです」
 と笑いをとるつもりなのだ。
 偽の戸籍謄本は、性別を修正液で消して性別を書き直してコピーをとっただけの、極めておそまつな代物である。けれどまあ、笑いをとるだけなら、充分なのであった。

 桜が咲いている。
 散るから桜は美しいのだと思う。
 思いも何もかも、最後には散ってなくなってしまうからいいのだとゆかりは思う。
 散って消え去ってしまうのを祝って、花見客は酒を酌み交わすのだ。
 早く飲みにいこう。
 酒でこの冗談を、紛らわせて仕舞いたい。
 恐ろしく本気のこの冗談を。黒沢が冗談に乗ってくれるかどうか心配で、玄関のベルを鳴らすまで心臓の動悸の止まらなかった、この悪い冗談を。



216 名前:『三月三十一日の、次の日』《4》[sage] :2006/03/32(土) 12:43:29 ID:/1yW39M8
                     *

 卒業式の次の日、春日歩が職員室に来た。自分以外誰もいない職員室。滅多にないが、珍しいことではない。ただそこに卒業生が来たのは、初めてだった。
「せんせー、これ」
「なんだよ。おめー、卒業したの忘れてたんじゃねえか? 」
 大阪、と言うあだ名で三年間をすごしたこの少女は、ぽかんとした顔でやってきて、ぽかんとした顔で卒業していった。そして今ぽかんとした顔で立っている。
「いややなー。卒業したの、忘れ取るわけないやろ」
 忘れたんは、これ、と差し出したのは、進路決定票であった。就職先、進学先の決まった生徒が提出するプリント。忘れて忘れてを繰り返した大阪は、卒業した次の日になって、ようやく提出をしたのだった。
 制服姿ではない、女の子らしい私服。足に履いているのは、来客用のスリッパ。そうだ、こいつは今来客なんだな、と改めて思う。
「用事が終ったら、さっさと帰れよ」
「はい、そうします」
 わざと冷たく言うと、はいはい、などと言いながら、春日はにこにこしている。
「あんなー、先生」
「なんだよ」
「あたし、英語の成績、一番よかったんよ」
「あ? そーかあ? 」
 思い返してみれば、確かに春日は、他の教科の成績より十点ほど英語の成績が高かったような気がする。
「だからって言って、人に教えられるほどの成績でもねーぞ」
「しってるって、そんなこと」
「いいから早く帰れよ」
「帰るよー。人、待たせとるもん」
 そう言いながら、春日はにこにこしている。何だかよく分からない。よく分からないから。
「あのな大阪」
 あたしは忙しいんだ、と言おうとしたらそれを遮って。
「谷崎さん、あたしのことは、春日って呼んでください」
 と言った。
「え? 」
 不意を突かれて、ゆかりはきょとんとした顔をした。そのきょとんとした顔のゆかりに、春日さんは、ありがとうございました、と頭を下げた。
「谷崎さん、色々、ありがとうございました」
「え? 」
 顔を上げた彼女の顔は、とても真剣で、そして大人びていて、ゆかりの胸はまた小さく痛んだ。何故かわからないけれど、小さく痛んだのだ。
「何? どうしたんだよ、お前」
「もう谷崎さんは忘れとるかもしれんけどやー。あたし、ゆかりちゃんには色々教えてもらったから」
「……何か教えたっけ、あたし? 」
「はい。
寝ゲロの危険性」
「は? 」
「煙草の火の移し方」
「ちょっと! お前!! 」
 思わず声が大きくなる。なんて物騒なことを言うのか、こいつは! けれど幸い職員室には誰もいなかったので、大事はなかった。もし居たとしても、聞き流しただろう。教師と生徒の関係は、思った以上にずっと複雑なのだ。
「それから、モラトリアムの、過ごし方」
「……ああ」
 これらのキーワードで思い当たることがあって、ゆかりはうなづいた。けれどそこから何も言うことはなかったので、もう一度うなづいた。


217 名前:『三月三十一日の、次の日』《5》[sage] :2006/03/32(土) 12:44:13 ID:/1yW39M8

「今日は、ポニーテールじゃないんだな」
「ポニーにする必要、ないから、今」
「へえ、誰かいい人が出来たのか? 」
「出来ました」
 幸せそうな大阪の笑顔に、嘘はない。
「じゃあ、今待たせてるのも、そいつか」
「はい」
 女の人しか恋愛感情をもてない、と春日歩は自分に告白したことがある。その時ゆかりは少し彼女につきあってやったことがあるのだ。
それは勿論、知っている人しかしらない物語だ。ゆかりにとっては殆ど記憶の彼方だが、大阪は律儀に覚えていたらしい。
「誰? 」
 聞いたのは、戯れだ。もし付き合っているのが女性なら、おめでとうだし、男性ならそれはそれでめでたい。尋ねられた方は、ぼかそうとも何もせず、躊躇なく。
「神楽」
 と答えた。

 お前な。
 はい。
 いいと思ってるのか。
 はい?
 まあいいか……。告白、されたのか?
 ううん。あたしから、しました。
 それでオーケーしたのか?
 色々ありましたけど、はい。
 ずるいぞ、お前。
 え?
 クラスメイトなんかと、ほいほいくっついて。
 ずるくない。ずるくないけど、覚悟決めとる。
 覚悟?
 ずるいのは、谷崎さんのほうやわ。

 にこ、と笑う彼女は、ゆかりの心の中を全て見通しているようで、思わず背中に悪寒が走った。そして実際そのとおりだったのだ。
 春日歩は、名探偵のようにゆかりに尋ねた。
「ゆかりは、クラスメイトが、好きなんでしょ? 」と。

                        *



 

218 名前:『三月三十一日の、次の日』《6》[sage] :2006/03/32(土) 12:45:04 ID:/1yW39M8

そしてゆかりは酒を飲んでいるのだった。
 予想に外れて、外にも出ずに、黒沢の部屋で、酒を飲んでいるのだった。
「さあさあ、もう一杯おつぎしますね」
 頬が朱に染まった黒沢が、ゆかりのコップに日本酒を注いで、けたけた笑った。ゆかりが飲み終えると、次々注ぐ。
「私あいにく、お酒が大好きでしょう? やっぱり一緒に飲める人じゃないと、つまらないのよ」
 いいながら黒沢もぐいぐい飲む。
 黒沢の言う気がかりなこととは、自分の側にいる人がどれだけ晩酌に付き合えるか、何て言う下らないことだった。事の展開に目を丸くするゆかりに、黒沢はどんどん支度を勧めていく。
 レタスをひねって作ったサラダと、チリメンジャコ、それからむやみに開けられた缶詰達。即席で酒席が整えられていくのに、ゆかりが前もって用意していた戸籍謄本は出番のないままだ。
「あー! もう、やめたやめたぁ! 」
 一言言うなり、ゆかりは赤い蝶ネクタイを毟り取って、床に放った。同時にタキシードも脱ぎ捨てる。息苦しかったし、何より暑かった。
「止めたって、何を? 」
「もう! にゃもには負けた!! あたしの負けでいいわよ! 嘘! 全部嘘!! 」
「何を言ってるの? さっき愛してるって言ってくれたじゃない。嘘じゃないって、言ったでしょ? 」
 にやにや笑いながら、黒沢はたれ付き牡蠣缶に箸を突っ込んだ。
「ばーか、本当のわけ、ないだろ? 今日は何日よ? 四月一日でしょ? エイプリールフール! 三月三十一日の、次の日!! 」
 言い終わって、ゆかりは惨めな気持ちになる。だからそれを紛らわそうとして、ほら、つげ、と空のコップを突き出して、日本酒のお代わりを頼んだ。
 それなのに黒沢みなもは、日本酒なんか注いでくれないのだった。
「何言ってんの、ゆかり。今日は四月一日なんかじゃないわよ」
 などと言いはじめるのだった。
「え? 」
「ほら、カレンダー見てみて」
 指差した先に、カレンダーがある。月めくりのカレンダーだ。不思議に思ったのは、カレンダーがまだ三月のままだったことだ。
「なんだよ、さっさと剥がせよな」
 そう言いながら見ていると、これまたカレンダーに奇妙な違いを発見した。
 実は同じカレンダーはゆかりのところにもある。
 学校にやってきた、保険のセールスから貰ったものだ。加入したのは、そのセールスマンがこの学校の卒業生だったからではない。万が一自分が亡くなった時、両親に保険金が下りるようにするためだ。
 ――色々迷惑かけたしね。
 こう見えて彼女は案外律儀である。
 あら、ゆかりの癖に珍しい、などといいながら、黒沢も同じ保険に加入した。そんなわけで同じカレンダーが飾られている。全く同じ物のはずである。
 それなのに感じる、新たな違和感。それは日付の間違いに他ならない。
「……何これ? 」
「四月一日じゃ、ないでしょ? 」
 ずっと書き加え続けている、黒沢みなもの冗談。その自分だけが笑うために、その前の日にちょこっと書き加えるだけの、秘密の冗談。
 カレンダーの嘘。
「って、何よ! この、三月三十二日って!! 」
「四月一日じゃ、ないでしょ? 」
 うっすら笑って、みなもは席を立った。それからそっとゆかりの側まで近づいて。
「三月三十一日の、次の日」


 

219 名前:『三月三十一日の、次の日』《7》[sage] :2006/03/32(土) 12:45:36 ID:/1yW39M8

 顎を、つかまれた。
 ゆかりの顔がゆっくり上げられる。椅子に座ったまま、ゆかりの唇はみなもに奪われた。あむぅ、むーぅ、と深く犯される舌の感触に、ゆかりは大きく息をつく。
「――嘘」
「嘘なわけないじゃない」
 みなもの目が、据わっている。お前、酔ってるな、と谷崎が言うと、酔ってるわよ、と言って黒沢は。
「ほら、さっきのショートケーキの、クリームがついてる」
 ぺろり、と頬を舐めた。
「嘘」
「嘘じゃないわよ」
「嘘よ」
「嘘じゃない」
 そっと忍び寄るみなもの手が、首筋を撫でて、その後に軽いキスが襲ってくるので、酔ったゆかりの身体はすぐに反応してしまう。
「嘘」
「ほんとうよ」
「今日は四月一日」
「それは嘘」

「あたしのこと、愛してなんか、いないくせに」

 きれぎれに呟いた言葉に、黒沢は返事もしてくれやしない。キスだけを繰り返す。もうすっかり女の身体になっているゆかりは、ただそれを受け入れる。うそ、うそと言いながら、キスに溺れていく。
 そんなゆかりを、今までにないくらい優しい目で見つめて、黒沢が。
「どうして泣いているの? 」
 と聞いた。
 ふざけんな、ちくしょーめ。
 髪をかきあげて、小さく毒づいて、ゆかりは奥歯をくいしばる。そんなことをしても、涙は止まるはずがない。だくだくと流れつづける。
 その涙を、黒沢に舌でぬぐわれた。服の釦が外されていく。調子にのんなよ、と言ったのに、鎖骨にあてられた歯に、喘ぐしか出来なかった。
 目を開ければ、みなもの顔がある。照れくさいくらいに見慣れた、彼女の顔がある。だから目を閉じる。目を閉じると、暗闇の中で唇が自分の身体に触れるのが分かる。涙が出る。目を開ける。
「ゆかり」
「なによ」
「私にも、たくさんしてね」
「うるせえよ」
「ゆかり」
「なんだよ」
「けっこんしてね」
「ばか」
「ばかって何よ? 」
「おめーなんか、あいしてるわけ、ないだろ」

「それは、嘘」

 ねっとりと抱きしめられて、ゆかりは、とうとうみなもの身体に手を回してしまう。そのままずっと抱きしめてしまう。自分からキスしてしまう。
 嘘。
 嘘。
 と言いながら、彼女の身体を求めてしまう。



 

220 名前:『三月三十一日の、次の日』《8》[sage] :2006/03/32(土) 12:47:10 ID:/1yW39M8
                    *

 結婚した後の夢について黒沢みなもが理想を述べると、谷崎ゆかりがけちをつけた。

 ――はあ? 黒沢、おめーばかじゃねえの?
 ――なによ、谷崎さん、人の事バカ呼ばわりして。
 ――だってそんなん、おかしくってにゃー。
 ――結婚して、海のよく見える小高い丘に家を立てるのが、どこがおかしいのよ!! 
 ――津波が来たらどうするのかねー。ブラックジャックかってーの。
 ――なんですってぇ!?
 ――おまけに、赤い屋根と白い壁の、二人だけの小さなシャトー……。は! 赤い屋根なんて火事みたいだし、白い壁なんかすぐ汚れるわよ?
 ――じゃあペットは? 犬ならいいでしょ?
 ――かー、世話がめんどくさいなあ。でも名前は決まってるけど。
 ――何?
 ――ゴン。もしくは、大五郎。秋田犬ならね。土佐犬なら土佐の介。
 ――……庭は、赤と白の薔薇がいいわ。
 ――は! にゃもは本当に少女趣味だねー。あんな刺だらけの木の、何がいいのやら。絶対柿! 後桃! とにかく実のなるもの!!
 ――……町の喧騒から遠く離れた――。
 ――えー? 仙人にでもなる気か? にゃもはー。買出し不自由だぞー、田舎は。
 ――辺りには誰もいない、二人きりの……」
 ――うひゃひゃひゃ! 何かあっても、近所の手助けは借りられないわけだー? まあ、セックスのときは気を使わなくてもいいかなー? アオカンもできるし。
 ――……わ、私、焼きたてのクッキーを毎日焼くわ……。
 ――調理実習でカレー焦げ付かせちゃう女がかー?
 ――うるさいわね! 谷崎!! 誰もあんたと結婚するなんて言ってないわよ!!
 ――こっちだって願い下げだ! この変態少女趣味!!
 ――何ですってぇ!?
 ――あ、でももしにゃもが三十歳まで貰い手が無かったら、考えてやってもいいかな?
 ――え?
 ――迎えに行ってやるよー。三月三十一日の次の日に。
 ――それってエイプリールフールでしょ?

 女子高の休み時間。
 たわいないおしゃべり。
 そのどうでもいいやり取りの中で、自信満々にセーラー服の胸を張った谷崎ゆかりは、違うよ、と得意げに。
「三月三十二日!
 三月三十一日の次の日!! 」

 嘘でしょ、と黒沢みなもが問うと。
「あたしは嘘なんかつかない」
 と大胆な宣言。

                              (了

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