ちよは最近、生意気になったと思う。本人に直接そういうと、そんなことない、と怒るのだった。
「でも、みんな言ってる」
高校からの顔ぶれの名前を一人ずつ上げていくと、ちよはぷうとほほを膨らませて、成長したんですよ、と言った。
「もう15歳だよ? みんなと始めてあったときと同じ。智ちゃんなんてもっと生意気だったよ」
「滝野は、ちよに榊がうつった、なんて言ってる」
「なにそれ? 」
「私と似てるって」
「えー?! 似てないよ!! 」
「性格じゃない、顔さ」
「そりゃあ、榊さんからいろいろ返してもらってるもの」
伸びた髪をさらりとかきあげて、満足そうにちよは笑う。返してもらってるって、何を? まず身長――。
「……私、身長は、そろそろいらない」
「何? まだ伸びてるの?! 」
「……うん」
「まだ私から吸い取ってるんだ!! 」
ひどいよ、と言いながら、ちよは私の肩をぽかぽか叩いた。その度に、縁台に置かれた湯飲み茶碗がかたかた揺れた。ぷん、と立ちあがる蚊取り線香。こうして七夕を過ごしているのだ。緑茶を啜りながら。夜の中、二人で。
今ではちよはすっかり背も高くなった。髪の毛を肩より少し長いくらいのロングにしていて、トレードマークだったおさげは最近めっきりしていない。つやつやしている襟足。少し釣り目気味になった目が、私に似てきたといわれる所以だろう。
綺麗になったな。
そう思う。
なんというか凛々しいのだ。
思わず頭をなでなですると、どうしたの? と尋ねられた。
「いや、あんな小さい子が、よくここまで成長したな、と思って」
「おばちゃんですか、あなたは」
「まあそんなとこ」
「もう、榊さんったら! 」
美浜ちよは憤慨して、またぽかぽか叩いた。
「大体身長は取り返してるけど、まだ取り返せないものがある! 」
「何? 」
「胸」
うっ!
大胆なつっこみに、私は思わずのけぞって顔を赤らめる。けれどそんなことで許してくれるちよではない。
「直接口から吸い取ってるのに! どうしたって大きくならない!! 」
ぎゅっと胸をわしづかみにされて、私はきゃあきゃあ笑い声を上げる。その間にちよの手は、私のブラのホックを器用にはずしてしまう。
「! もう!! バカ!! 」
「バカじゃなくて、て、ん、さ、い」
何が天才なもんか。こんなことばっかり覚えちゃって! 初めて会ったときはこんな子に育つとは思わなかった!
そんなことを言うと。
「私だって、榊さんがこんなにエッチだなんて思ってもみませんでした」
と反撃された。
それからしばらくクスクス笑いながら、お互いの身体に触れていた。自然に寄り添った。美容院でウェーブをつけてみた私の髪をちよが撫でる。ときたまくるくる指に巻きつける。
「やっぱり星、見えませんね」
「天の川は見えないね」
「ミルクをこぼしたみたいでしたよ? 」
「どこで見た? 」
「いろいろ。アメリカでも」
「いいな――」
「誰かさんのミルクみたいでした」
「――またそれを言うのか――」
ぼやく私に、ちよは小さく含み笑いをした。手は私のTシャツに入れたままである。汗で手のひらが、ひたり、と張り付いた。もう――おいたばっかりして。鼻をちよの頬にすりつけると、くすぐったいですよ、とちよ。
「ちよちゃんの指の方が、くすぐったいよ」
「くすぐったいんじゃないでしょ? 気持ちいいんでしょ? 」
私はすぐに黙ってしまう。ちょっと触られただけなのに、もう胸の奥からじくじくとうづくから――。だからすなおに、にゃお、と鳴いた。
「榊さんの鳴き声、ぞくぞくしますよ」
「にゃお」
「ほら、ねこちゃん、おゆび」
「にゃふ」
差し出された指に私がかぷ、と噛みつくと、すらりとした少年のような肢体を、ひくん、とさせるちよ。私はそれを見て少し満足して、指先から指の股に舌を這わせていく。次の指に、次の指にかぷかぷ、かぷっ! けれどそのたびちよの指はひらひら逃げて。
「きゃあ、わたし、榊さんに食べられちゃいますよ」
「――ちよが私を食べちゃうくせに――」
熱い呼吸をしながら言い返すと、だって榊さんっておいしそうなんだもん、と彼女は笑った。
「榊さんのおっぱい、大好きです」
今度は、ひくん、ってするのは、私だ。ちよの指先が、私の乳首をつまむから。ふふふ、勃ってますね、なんて言われて、私は赤面する。ね、続きは、部屋の中でしよう――。 どうして? だって虫が――。何言ってるんですか、榊さん。
「今日は七夕でしょ? 」
私の頭に?マークが点灯する。なんでそうなるのか判らない。当惑した顔をしてると、ちよは私の耳元で、昔その顔が怖かったな、と囁いた。
「怖い――? 」
「うん。何考えてるか分からなくて」
「今では? 」
「すっごいかわいい」
「どうして? 」
「だって、そんな顔してるのに、触られてるとすぐ気持ちいい顔になっちゃうんだもん」
「そんなの、ちよにだけだよ」
「だからかわいいの。だから大好きなの」
そう言ってちよが、私のおとがいに沿ってあま噛みすると「はあぁ」と声が洩れて、どうでもよくなってきてしまう。ちく、ちゅくと舌を使われると、思わず眉間に力が入る。下あごが引きつれる。
もうすっかりコツをつかんでいる指が、同時に私の胸を触れるか触れないかの絶妙さで動かされるから、やっぱり声が洩れてしまう。こぼれそうなよだれ、ごくん、って飲み下した。
「だめ、だめちよちゃん、ちょっとタイム」
「どうしたの? 」
「流されちゃう前に、聞いておきたい。どうして七夕と外でするのとが関係するの? 」
「だって、二人とも年に一度なわけです」
「うん」
「しかも川を渡って、きっとすぐに押し倒すでしょ? 」
ちよみたいに? と戯れたら、ぺち、とおでこを軽く叩かれた。
「もう、そういうこといわない!
……とにかく、そしたら牽牛も織姫も、きっと我慢できないでお外でします。つまり七夕はそんな二人に敬意を表して、アオカンをする日なのです」
「――斬新な解釈だな」
それよりも、ちよがアオカンなんて単語知ってるのに衝撃を受けた、私は。そう囁くと、そんなの今の若い子みんな知ってますよ、とちよ。
「知ってるの? 」
「うん! もちろん!! 」
「そうかな――私はきっと知らなかった」
「あーあ、今、あの頃の榊さんに会いたかったなあ」
「――え? 」
首をかしげる私に、自慢げな顔をして、ちよ。勿論、高校に入学したばかりの榊さんをですよ。
「だって今の私の方が、あの頃の榊さんより、もっともっと大人ですよ? 」
「エッチなことは」とつっこんだら。
「えっちなことは」とうなづくちよ。
「だから榊さんに、私は色んなことを教えてあげます。私の方がお姉さんになれます。そして榊さんを、てってーてきにちょーきょーします! 」
「ほんと、ちよ容赦ないな――」
「愛ゆえです! 」
「――愛ゆえ! 」
「ラヴです!! 」
「ラヴ!! 」
ラヴで調教しちゃうのか――、そう言いながら私は、彼女に耳を噛まれて、喘いでいる。はぁ、はあっと獣じみた息が、でちゃう。そして胸元のじくじくした感覚。
――おっぱい大きいんだな、私――。
鏡に映すと大きな乳房と乳首、それから乳輪のある私の胸。そこを触られるだけで、私の背中はがくがくと震え出してしまうのだ。それを、ちよはよく知っている。そして今私のおっぱいは、触られたくてしかたない。
「ふーっ、ふ――――」
吐く息が、止まらない。そうですよ、調教しちゃいます、とちよの息がじかに耳をくすぐる。ちよ、と呼びかけながらキスしようとしたら、そっとよけられてまた耳たぶ、齧られた。
「――いっぱいいっぱい恥ずかしいこと教えてあげて、もう私無しじゃいられなくしちゃうんです」
「いっぱい? 」
「そう――、いっぱいいっぱい」
けれどそこまで言って、ちよの声から元気がなくなる。榊さん、調教されるの、嫌ですか?
「――ぃや」
「え? 」
「嫌――」
「いや、なの? 」
「そ、じゃ、ない――」
もう駄目。
止まらない。
私の頭、真っ白。
そんなに耳されたら、もう。
こんなお預けじゃ、嫌。
ちよ、調教して――。
「今からですか? 」
「今から」
「たくさんですか? 」
「たくさん」
「ぃ、いっぱ、い? 」
「……っぱい」
ちよの声、震えて、私の声に重ねて乱暴にキスをする。
なんだ。
ちよもお預けだったんだ。
水皿に顔をつっこんで水を飲む干上がった犬みたいなキス。
それなら、私だって負けない。
がたん、かたん。きしむ縁台。
ことん。湯のみの落ちた音、聞こえた。
恥毛に沿って舐める。
微かに血の味がする。
引き締まったお尻。ちよちゃんのおしり。
「さかきさん、わんちゃんみたい」
「わん」
戯れに鳴くと、よしよし、と頭を撫でられた。ただ突起に舌がぬるりとすべると、撫でてた手がぴくんとはねる。
ちよちゃんの短パンを膝まで下ろして、膝から太股から舐めて。ときおりちょっと噛んで、ちよはそのたびに腰を浮かせて。
「ねえ、さかきさん? よこになって」
もう少し舐めていたかった私の頭をどかして、今度はちよが私を押し倒す。
「ほら、よく見せてください」
そしてその指先が、私のTシャツを捲り上げる。今度こそ決定的にさらけ出された胸。夜の空気に震えて。もうそれだけで、胸元にじくじくした感覚。
「おっぱい大きいですね、榊さん――」
ちよの瞳に映っている、大きな乳房と乳首、それから乳輪、私の胸。そこを触られるだけで、私の背中はがくがくと震え出してしまうのだ。
「もうここ、こんなになってますよ? 」
そう。それを、ちよはよく知っている。
そして今私のおっぱいは、触られたくてしかたない。
「ひ、はぁ――」
みっともないくらい情けない声が口から漏れて、涙がこぼれそうになる。その衝動が、一度、二度、波になって、またみっともない声を私は出している。
「あああ、いい、ちよ、いい、の。そ……れ――! 」
「かみかみいいんですか? 」
「うん! いい! かみ、か…ぃ、いい!! 」
「ぺろぺろは? 」
泣きそうになる。だって答えられない。気持ちよすぎて、頭ばかになってて。
だから哭いた。
「あーっ! あ―――っ!! ああ、いや、それ、すごく、いい、いいの、いいのぉっ!! 」
腰がひくんひくんして、あられもない声、沢山でて。
そしたら突然、どん、って感触があって、ちよの動きが止まった。もう一度、どんって体当たり。
「!? 」
疑問はすぐに氷解する。私の側に、つるんって滑り込んできたもの。飼い猫のマヤー。私の痴態に心配して、ちよに体当たりしたのだ。
「――もう、マヤー。大丈夫だよ」
私がそっと撫でても、マヤーは身じろぎもしない。夜用の瞳孔になったマヤーの目が、心配そうに私を見ている。
「やっぱり、外でしたからですね――」
ちよはよいしょと身体を起こして言った。
「マヤーは、忠吉さんと同じくらい聞き分けのいい子だし、今までほとんどじゃましたことなかったですからね」
「おまえ、さみしかったのか? 」
私が尋ねると、初めてマヤーが、ニャーと鳴いた。ちよと、顔を見合わせて笑う。
「部屋に入って、おそうめん食べましょう」
蚊に食われてかゆいですし。そう言われて、初めてふくらはぎのかゆみに気づく。もう蚊取り線香はとっくに消えていた。
「でも、後でその成果をお見せします」
「たのしみ」
「期待してください」
たったそれだけの会話なのに、もう私はどきどきしている。きっとちよもドキドキしてるだろう。ほんのりと赤くなったちよの頬を見て、私は微笑んだ。
「ちよ」
「なんですか? 」
「今度は私が吸い取るから」
「何を、ですか? 」
「ちよちゃんのかわいいとこ」
それでもっと私かわいくなるから、と言ったら。
「それ以上かわいくなったら、私、もうずっと止まりませんから」
「え? 」
「榊さんがもし天の川の向こうまで行っても、追って行きます」
「どうやって? 」
「忠吉さんに乗って、追ってきますから」
「今は、どうなの? 」
私が意地悪く尋ねたら。
「だって、これからもっともっとかわいくなるんでしょ? 」
だからやっぱり止まりませんから、と当たり前みたいに答えた。
「生意気言って――」
「生意気なんかじゃないよ! 」
ぷーっと頬を膨らませて見せて、ちよ。
「だって来年は、榊さんと同じ大学生だよ? 」
「どういう関係なんだ――」
「私だって、もう、大人なんだよってこと! 」
それから彼女は席を立って、そっと私の側に来てキスをした。
(了