682 うらまんが sage 2010/05/05(水) 19:53:54 ID:RWyeogi6
神楽&榊 20XX
閉店間際―
懐かしい顔がそこにあった。
「神楽…」
「よッ!」
軽く片手をあげ、笑顔で挨拶してきた。
「店の方は儲かってる?」
「正直、この不況の前にお手上げだ」
榊は少し自嘲気味に苦笑しながら返す。
「でも…やめる気なんてないんだろ?」
「ああ。自分の夢だったからな」
金銭的に追い詰められて、もうどうしようもない、って程でもなかったし、
何より、ある程度の困難は覚悟していたから。
「それより―」
「榊、ちょっとだけ、時間空けられるか?
…あ!今すぐ、とかじゃなくていいんだ。閉店後でも構わない」
榊が神楽に、何故わざわざ自分の店に来たのかを、聞こうかと思った矢先に言われ、
榊は、間違って物を喉にゴックンと飲み込む様な仕草で頷いてしまった。
「…わ、わかった」
「ありがと。閉店は何時だ?」
「今日は祭日だから18:00だ」
「あと30分くらいか…」
ちょうど、店の玄関口の正面奥、壁にかけてあった時計を見て、神楽は時間を確認した。
「どうした?何か都合でも悪いのか?
急ぎたい用事なら、折角だし、閉店を早めてもいいが…」
683 うらまんが sage 2010/05/05(水) 19:56:43 ID:RWyeogi6
2.
私が閉店を早めようかと言うと、神楽はそれを静かに制止した。
「それはお前らしくないぜ、榊」
「…らしく、無い?」
少しだけ、榊は神楽の言葉に、苛立ちに近い違和感を感じた。
自分らしさは、自分が一番知っているつもりでいたから。
「すべき事はきちんと、最後までソツなくこなす、完璧人間だっただろ?
変なトコで妙な手抜きなんかしちゃあ、あの「榊さん」の名折れだぜ」
「私は別に完璧主義者とかじゃ…」
「ま、とにかく話は後、後」
神楽は急に話を止めて、腕を頭の後ろに組み、私に背を向けて歩き出した。
「…!」
私は一瞬、我が目を疑った。遠ざかる神楽の服の色合いに。
まさか…
榊は戦慄を覚えた―
間違いなく、この後彼女から宣告されるであろう事態が、
薄々ながらも予測できてしまったから。
(私はそれでも、やっぱり彼女のライバルとして、堂々と迎えうたなければならないのだろうか?…)
榊は今に至り、さっきのらしくない発言は、神楽の軽い挑発と、
遠回しな宣戦布告だと理解した。
手抜きは…できない。
そして、逃げれない。
そう、彼女の為にも―
684 うらまんが sage 2010/05/05(水) 19:58:38 ID:RWyeogi6
3.
100m走―
神楽は、榊にその距離でのレースを申し込んだ。
学校などの施設を借りたかったが、最近の時代情勢で、校庭解放などは無くなり、仕方なく、
二人は店から近い土手に来ていた。
「…よし、だいたい100mだな」
距離も正確にではなく、足で測った(1歩=1m式)100m…
「どうしてもやるのか?」 「…嫌か?」
「明日に延期は?」
「ダメだ」
(逃げるのか?あの「榊さん」が、敵の前から尻尾を巻いて!)
神楽の目がそう物語っていた。
「明日じゃ…ダメなんだ」 「…わかった。もう理由は聞かない」
榊は気持ちを切り換える。
応じよう、全力を以て―
「―ッ!どうやらその顔、本気になってもらえた様だな」
榊が神楽を睨み返す。
(コイツの怒りの顔は、初めて見たな…)
だが―
「私はもう、一応現役の陸上選手だからね。ハンデは50m、どうだ?」
軽く挑発的にあしらう。
「いらない」
即答。
(マジかよ…)
いや、あの榊の事だ。
神楽は確信する。それは、榊の根拠無き強がりだけで言い放ったのではない、と。
「…わかった。後悔すんなよ」
二人はスタート位置のラインの前に並ぶ。
ドン!
両者、合図もしないままだったが、それは正しく、同時スタートだった。
685 うらまんが sage 2010/05/05(水) 20:00:27 ID:RWyeogi6
4.
「―ッはぁッ!、はぁ!…ハハハ…あ、あり得ねえぇ!…はぁはぁ…」
「こ、こっちの、セリフだ!…はぁ!……はぁッ!」
榊の勝利。
この100m走のレースの結果だ。
「やっぱ、強えぇなぁ榊は…負けたよ」
「当たり前だ!」
二人は全力で走りきり、ゴール地点で二人とも倒れ、そのまま
大の字状態で会話していた。
「普通に考えて、花屋の主人の私と、現役陸上選手のお前とでは、いくら長距離走者で
得意種目ではないからとは言え、最初から、まともな勝負になるハズがない」
「でも勝ったのはお前だ」 「…1日にフルマラソンを2回も走り、更にその後短距離の100mを
13秒台で走れる奴は、日本ではお前くらいだろう…」
「何だ、バレてたか…」
「会場でインタビューしてた時の時間が15:00頃で、あの会場から
私の店までが約45km…非公式なのが勿体無いぞ」
「へっ!あの「榊さん」に勝てるかもしれない!って期待感の前には、
そんな記録やら名誉は全く及ばないさ」
「…何故、そこまで私との勝負に拘る?もう、私にその理由を
聞かせてくれてもいいだろう?」
「ああ…そうだな…」
観念した様に、神楽は話し始めた。
686 うらまんが sage 2010/05/05(水) 20:02:28 ID:RWyeogi6
5.
「結婚する事になったんだ」
「……」
「どうした?榊?」
(いいい、いきなり何を言い出すかと思えば!)
頭の中は大パニックだったが、ポーカーフェイスが功を奏し(?)
それを見た神楽は話を先に進めてくれた。
「外国の人でさ。キッカケは…敢えて言えば、私がまだ高校生の頃、
ある日、旅行カバンを運ぶのを手伝った事かな?」
「…いい人か?」
(やっと落ち着いた気がする)
「……うん。ちょっと、人が良すぎる感じもあるけどな。
でも、そんな頼りなさよりも、それを上回る面白い奴だったよ」
神楽は上機嫌に、未来の旦那さんの話をしてくれた。
「それで明日朝に、日本を離れる予定だ」
「…それが、この勝負を延期できない理由だったのか」
「まぁな」
榊は暫く沈黙した後、次の疑問を口に出す。
「…何故、こんなバカげた勝負を?」
「おいおい、バカとはヒデーなぁ…ま、確かにバカげてたけどな」
「神楽、答えてくれ」
榊の疑問に、神楽はさてどうしたモノかといった感じで、
軽く頭を掻きながら言った。
「強いて言うなら、ゲン担ぎ、かな?」
神楽は今回の勝負、本気で、ただ思いついただけだ、と言い放った。
687 うらまんが sage 2010/05/05(水) 20:04:25 ID:RWyeogi6
6.
「自分もいよいよ結婚かぁ、って考えてたら、たまたま榊、お前の事を思い出したんだ」
そして、何だかモヤモヤした得体の知れない不安を前に、
何か気持ちを前向きに切り換えれる様な、キッカケが欲しくなって、
こんなバカげたレースを催したんだと、神楽は言った。
「現役で選手やってる今の私が、今の榊に単にガチレースで勝っても、
嬉しくなれないと思ったしね」
「だからって…」
「おっと!もうバカバカ言わないでくれよ。…ちょっとは反省もしてんだからさ」
「ちょっとで足りるか」
榊は苦笑しながら言った。
「…ゲン担ぎ失敗だな」
「いや、そうでもないさ」
神楽は、疲労困憊、満身創痍な自分に、それでも全力で立ち向かってきてくれた
榊の心意気に、満足していた。
「勝てる!とある程度は思ってたんだが、負けるかも、って
相手でないと、燃える事も出来ないと思ったからな」 「…でも、花嫁が考えるゲン担ぎじゃない。少しは身体を労れ」
「ああ。でも…だから理由は言わなかったんだ」
榊は無言で納得する。
確かに事前に理由を聞いていたら、流石に全力勝負は出来なかったに違いない。
688 うらまんが sage 2010/05/05(水) 20:06:01 ID:RWyeogi6
7.
二人はようやく立ち上がる。
お互いの背中に、土手の泥、砂利、草がベッタリと張り付いていた。
「このレースは負けたが、人生のゴールへは、私が一足お先につけそうだな」 榊はそれに不敵な笑みで応じる。
「神楽、結婚はゴールじゃない。そこからが二人のスタートラインだ」
「…そうだな。肝に銘じとくよ」
「…(いつか、私も追いつく)…」
「え?」
「いや、なんでもない」
小声で榊が何を言ったのか、神楽はハッキリとは聞き取れなかったが、本能が理解した。
きっと、私も希望をもってその将来、未来を勝ち得てやるさと、私に宣戦布告をしたんだ、と。
「じゃ私はコレで」
「ああ、気をつけてな」
互いにどちらが示し合わせるでもなく、自然と握手と抱擁を交わした。
そして、榊の肩越しに神楽は囁く。
「…お前がライバルでよかったよ」
「私も、お前に今もそう思われてる事を、誇りに思う」
「どんな形であれ、次にまた勝負する事があったら、」
「望む限り、こちらも全力で応じてやる」
今交わされた二人の約束は、絆の証。
「…ありがとう」
「どういたしまして」
そしてライバルの証明。
二人の人生のレースは、まだ終わらない― 〜fin.